千年後的安魂曲 / 冒業

大傑作にして猛偏愛。第十九回台湾推理作家協会賞受賞作の短編ながら、大長編を読み終えたような読後感がもう最高で、中編ということでいえばここ最近読んだ一編としてピカ一かもしれない。

物語は、三〇三五年の地球。古代データ学院の“探偵”見習いたる主人公“克拿”が、洞窟で発見された千年前のデータプログラムを起動すると仮想空間が出現し、イザベラなる女性から父を殺害した犯人を探してもらいたいという依頼を受ける。果たして主人公は、彼女の証言と殺害現場から真相を見出すことはできるのか――という話。

まず読者のいる現在から見た「千年後の未来」という物語設定が秀逸で、途方もない時空差によって断絶された被害者の娘と探偵が対話を通じて真相を探ろうとする展開に二重、三重の仕掛けを凝らした趣向が素晴らしい。

イザベラは古代人が残した記憶データであり、作中では「幽霊」と呼ばれている。彼女が語る容疑者はたったの二人のみ。彼女の父親が殺された背景もふるってい、千年前の世界は疫病の蔓延をきっかけに核戦争へと雪崩れ込み、人類は滅亡したという。彼女の父親はこの世界大戦を阻止しえた人物で、人類の未来を決定する投票場で殺害されている。この密室状態となっていた投票場には父のほかに票を投じる二人しかおらず、畢竟、容疑者はその二人のいずれかということになるものの、彼らに父を殺す動機は見当たらない(あとで娘の婚姻に絡めて一応ある動機が後半に提示される)。さらに死因は不明ときて、その死体は運搬中に事故に遭って解剖もされていないので凶器は不明。ここから殺害方法のハウダニット、密室のハウダニットに、真犯人のフーダニット、さらには動機のホワイダニットが矢継ぎ早に展開されるというゴージャスな構成がたまらない。

こうした事件そのものの背後に隠蔽された作中の「設定」にもさらなる仕掛けが凝らされてい、千年の時空を超えた断絶に隠されたある真相と探偵の正体を、真相解明のクライマックスに開陳する結構も素晴らしいの一言。

とにかくこの作品、ネタバレを避けつつ魅力を語り尽くすのが非常に難しい傑作で、――といえば、「あ、アレ系なんだね?」と本格ミステリマニアが確信することは確実ながら、むしろ最後に明かされるアレ系の仕掛けに関してはオマケと考えておいてヨシ、というくらい、二重三重に凝らされた事件と物語設定の連関に絡めた真相開示の見せ方に注目でしょう。

事件現場で行われた投票結果から、探偵は、密室殺人のハウダニットを繙いて真犯人を明らかにするものの、依頼人である娘ッ子は浮かない顔をしている。真相が判れば嬉しい筈なのに何故、――というささやかな疑問を読者に明示して、そのすぐあとに依頼人の正体を明かしてみせることで、この「事件」そのものの前提を卓袱台返ししてみせる豪毅さがもう最高――と、ここでちょっとだけネタバレしてしまうと、まさにこの事件そのものが、本格ミステリにおける多重解決を生み出す「装置」として機能しているところが秀逸で、このマニア心をビンビンに刺激してみせる作者の心意気には、日本の読者も大満足できるのではないでしょうか。とくにこの趣向は、竹本健治―麻耶雄嵩―早坂吝という系譜でミステリの面白さを体験してきた人にはメッチャ刺さるのではないかと。

普通であればここで、事件の前提が崩れたのだからハイオシマイで終わる筈が、本作の本領発揮はここからで、探偵が多重解決「装置」を停止させるべく、事件の真相を喝破するものの、この本格ミステリ的には意外でもなんでもない“ただの”真相が依頼者に安寧をもたらす帰結は、寵物先生『虚擬街頭漂流記』のラストや、王元『喪鐘為你而鳴』のエピローグにも通じ、読者に静かな感動を呼び起こす。

で、この最後に「ようやく」例のアレ系の真相が明かされるのですが、正直これにはまったく驚きませんでした(爆)。というか、例えば楳図かずおの『漂流教室』『十四歳』などを読んだロートルにしてみれば、千年後の世界においてアレが今と同じである筈がないというのはもう完全に了解事項であり、そのアレがアレであっても、アレが進化(?)したアレと変わらないジャン、……と考えてしまうのは自分だけではないと思います(意味不明。でも読めば判ります)。

これ、日本語で刊行されたらそれなりに評価されるのでは、と思うものの、まあ、このご時世じゃまず無理だろうナ、とすぐに考えてしまう自分はちょっとアレ(爆)。ともあれ、自分の好みのどストレートな作品だったので、この路線で作者が長編を書いてくれるのであれば、全力で応援したいと思います。