傑作。三部構成となっていて、第一部では飯屋の主人が、新聞で或る訃報を見たのをきっかけに隠微な策謀に嵌められる話で、第二部はその主人の過去と、第一部でちらっと言及された悪銭稼ぎの顛末が語られる。そして最後の第三部では、第一部で策謀を巡らせた人物の視点から人生の無慈悲と哀切が描かれていく――。
「第一部 謊言」を読んでいて「なんか既視感あるなァ……」と思っていたら、第一部は以前に明日便利書の一冊として刊行された『謊言』が元になっているとのこと。第一部だけでもシッカリと物語は完結していて、主人公が訃報を新聞で知ったのを端緒に、その死の真相を知るべく病院を訪ねていくところから物語はスピーディーに展開していきます。
実はこの亡くなった人物というのが、かつて交際していた女性と自分の間に生まれた娘。主人公は裏稼業に手を染めてムショ入りしていた過去がある。第一部ではそんな彼がすっかり更正して真面目に働いている“いいひと”ながら、地方選挙戦における政治家の隠微な策謀に巻き込まれていきます。もちろんこの表には、しっかりともう一つの操りが仕込まれてい、カンの良い読者であればあまりにあからさまな展開にその思惑が気がつくこと必定ながら、秀霖節を効かせて平易な文体と畳みかけるような展開をコンパクトにまとめた結構と、それぞれの見出しを「××の話は信じていいのか?」として、登場人物の語りが次々と覆っていく趣向から、あっという間に読了してしまうこと間違いナシの一編に仕上がっています。
最後の悲劇的な結末から話は遡って、第二部では、もう一人の語り手の視点から、第一部では主人公だった人物との関わりが描かれていきます。投資に失敗してやさぐれていた語り手にススッと近づいてきた第一部の主人公と、彼が語る儲け話の顛末、さらには第一部でもさらりと言及されていた刑事の存在などを絡めて、第一部の悲劇のきっかけとなった物語の背景が明かされていきます。語り手が変わったことによって、第一部の前のめりな展開とは裏腹に、複数人の行動の背後にある思惑がじわじわと炙り出されていく風格がとてもイイ。
そして第一部では“いいひと”だった人物の印象がここではガラリと変わって、読者には語り手に感情移入を促していく展開から、儲け話の裏を辿って真相に辿り着いた語り手の仕掛けを伏線として、第三部が幕を開ける構成も秀逸です。
第三部は、第一部の後日談的なものながら、悲劇を脱した語り手に平穏が訪れるかと思いきや、語り手が優しさからささやかな行動を起こしたばかりにその未来には暗雲が立ちこめてくる。不信と疑惑がさらなる危機を呼び、第一部で隠し資産の曰くに知悉した人物の暗躍から物語はクライマックスへと雪崩れ込んでいく流れが素晴らしい。そしてある人物の正体が明かされることで、語り手自信が彼の出自を知ることで悲劇が完成する――とはいえ、これがバットエンドに感じられないところが作者の真骨頂で、物語の登場人物たちに寄り添う作者の優しさがあるからこそ、哀切溢れる幕引きが見事に決まっています。
地味ながら、第一部の畳みかけるような展開と、じっくり描かれた第二部のコントラスト、さらにはすべてを巻き込んで悲劇へと帰着する第三部の余韻など、人間ドラマを鮮やかに描きだした作者の代表的な一編といえるのではないでしょうか。オススメです。
ちなみに本作は、映像化を目指す出版物の見本市で、10月に韓国釜山で開催される「Busan Story Market 2022」では「Asian IP」の一冊に選出されています。このリンクにある『Trials of Humanity』というのがそれで、このほか台湾からは、冷言の名作『上帝禁區』や、第四回島田荘司推理小説賞に入選した『H.A.』や『おはしさま』の第二章「珊瑚の夢」を執筆した薛西斯の代表作『K.I.N.G.:天災對策室』などがリストアップされています。
ちなみに日本からは、この作品や、辻村深月『闇祓』、原田ひ香『一橋桐子(76)の犯罪日記』などが選ばれている様子。このあたりの情報は、Asian Contents & Film MarketのFBページに詳しいので、興味がある方は参照のこと。