成為怪物以前 / 蕭瑋萱

陳浩基『13.67.』を世界的な話題作へと押し上げた立役者、台湾光磊國際版權公司のG氏がいま激推しする一冊。台湾でも話題となっているらしく、『13.67』のように各国で刊行されたあと、日本にも上陸するかもしれないのでホンの少しだけ紹介しておきます。

作者はインディペンデント系映画の脚本も手がけており、小説は本作がはじめて。あらすじは、――特殊清掃会社で働くヒロインには、かつて弟を練炭自殺で亡くした過去があった。ある日、深夜の事務所に一人でいると、「明日の朝までにこの部屋を片付けてもらいたい」という妙な電話がかかってくる。電話で言われた現場に到着すると、天井が崩れ落ち、首吊り自殺をしたらしい痕跡があるものの、死体はない。彼女は訝しく思いながらもひとりで仕事を済ませると、それから数日して警察からの呼び出しが。

どうやらその部屋の住人だった女子大生がバラバラ死体となって見つかり、自分はその容疑者として疑われているらしい。元恋人の弁護士とともに自分を陥れた人物を探し出そうと決意した彼女は、ふと思い出す。現場に残されていたある香り――その香水の香りは、かつて自殺した弟の部屋でも嗅いだことのあるものだった。弟の死と事件を繋ぐミッシングリンク。そして彼女を陥れようとするものの正体とは。人間離れした嗅覚の持ち主である彼女は、香水殺人魔の助言を得ながら事件の真相に辿り着くことができるのか――という話。

本格ミステリとしては、中盤に真犯人に絡めたどんでん返しが用意されているものの、本作の眼目は、カットバックを交差させた各シーンの見せ方と、登場人物たちの過去が事件の真相へと収斂していく映画的な展開の巧みさでしょう。過去と現在を交錯させ、さらには語り手不明の独白などが混在しているため、初読時は混乱したものの、最後まで読了してなるほど、と膝を打つ一冊に仕上がっています。

作者のあとがきに曰く、本作は犯罪文学小説であるとのこと。特にこの「文学」というところが、本作の魅力を語る上での重要なポイントになっているかもしれません。地の文で登場人物の内心をじっくりネットリと描いていく趣向は、日本のミステリよりはむしろ欧米のミステリの雰囲気に近く、香水が事件の謎を解く大きな鍵となっている点についても、作者がパトリック・ジュースキント『ある人殺しの物語 香水』を意識していることは明らかでしょう(実際、ヒロインと殺人鬼との会話の中で、彼女が追いかける犯人をふたりは「グルヌイユ」と呼ぶことにしている(『香水』の主人公の名前))。

『香水』が、主人公・グルヌイユがある香りに魅了されたことをきっかけに殺人者となり、究極の香りを求めて放浪する一代記であったのに比較すると、本作は『成為怪物以前』(怪物になる前)というタイトルが暗示する通り、ある人物が「怪物」へと変貌していく物語である点が異なります。「怪物」とはいったい何なのか、「怪物」と「狂人」との違いは何なのかという点が、殺人鬼や、ヒロインが対峙する犯罪者の振る舞いや因業を交えて明らかにされていく後半部の緊張感溢れる展開も見所で、本格ミステリ点な視点よりは、スリラー、サスペンスに文学的香気を交えた物語を一編の映画のように仕上げた一冊ということができるかもしれません。

また脚本家である作者らしく、ある古典的な名作が、本作の犯人像や事件の真相に繋がる伏線として大胆に提示されているところにも注目で、このあたり、なかなかマニア心を擽る一編に仕上がっています。なおこの作品、『2022法蘭克福書展臺灣館』の「跨域IP成果」に選出されているところからも、近い将来、映像化されるかもしれません。注目の作品、ということで。