春天的幻影 / 王少杰

しみじみ佳い一冊。2015年に「聽海的聲音」で第十三屆台灣推理作家協會賞を受賞した作者の一冊で、粒揃いの短編を揃えた連作集。

収録作は、全盲の女主人の家で不可解な死を遂げた男と犯人の過去が明らかにされる「永夜」、女学生の誘拐事件に凝らされた事件の構図にある人物の哀しき心の内面を綴った「回家的路」。ミステリ作家の家で不審死を遂げた担当編集者の死の真相から炙り出される狂人の論理「沉默的自由」、単純に見えたホームレスが犯人の殺人に隠された動機と人生の悲哀「同郷人」、スペインを訪れた探偵が日常の謎に絡めて、ノンシャランなスペイン女と堅物台湾男との確執を解きほぐしていく「異郷人」の全五編。

ミステリファンの女性が、SNSで知り合った名刑事から彼が解決した事件の話を聞く、――という構成で、二人の会話が交わされる「採訪現場」を幕間として、五編の物語を収めた連作短編集。名探偵たる主人公の刑事が『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』の聶小倩似の美女とコンビを組んで事件を解決していく前半部では、誘拐事件を扱った「回家的路」がピカ一。誘拐事件と来れば、身の代金の受け渡し方法はどんなものなのか、というところにまず目がいくわけですが、本作では現ナマではなくダイヤを使った趣向が面白い。ダイヤを用いた身の代金の受け渡し以上に、このブツに込められた犯人の思いが、真相解明の過程で次第に明らかにされていく謎解きが素晴らしい。

誘拐された娘っ子の当日の行動を繙いて、犯人の行動を推理していくプロセスとともに、被害者の家庭問題が大きくクローズアップされていきます。この誘拐事件の犯人の動機と、誘拐された娘っ子のある言葉「愛とは何か」という質問の答えが連関して、犯人の悲痛な心の叫びを推理によってすくい取ろうとする探偵の優しい眼差しがまた秀逸。個人的には収録作の中では一番の傑作ではないかと。

前後しますが、冒頭の「永夜」は、密室状態から、ミステリ読みであればまず盲目の女主人の犯行を疑うものの、ボランティアの男性の死の様態からそれは不可能。そして女主人と被害者の哀しき過去から、犯人の決意が炙り出されていく推理が壮絶。殺害方法に凝らされた仕掛けに辿り着くまでに、ガムテープやなくなっていたボタン、さらには血痕の状況など、ささやかな手掛かりを丁寧に積み上げていく推理のプロセスがとてもいい。

「沉默的自由」は、作家と担当編集者との間の確執が一転、容疑者の過去を辿るうち、その悲惨な境遇を重ねて狂人の論理が鋳造されていった過程が明かされていく。ホンノリと泡坂妻夫の処女作を彷彿とさせる論理ながら、この犯人の奇矯な行動は、案外この職種ならアリかもしれない、とおぞけを誘うリアリズムが面白い。

探偵が務める警察は基隆なのですが、事件を解決したあと、探偵たる主人公が「じゃあ、帰ろうか」といい、相棒の女性の「基隆に?」という問いに探偵がいう台詞がメッチャ格好いい。敢えて引用はしませんが、このシーンはかなりのお気に入りです。

本作では東野圭吾の『悪意』への言及があり、おそらく作者は東野圭吾のファンなんだろうと推察され、そんな作者のリスペクトが感じられるのが「同郷人」でしょう。“容疑者X”の背景を想起させる事件の様態はもとより、ホームレスが犯人と確定したあと、単純に見えた動機が大きな謎として探偵の前に立ちはだかる。単なる小銭を狙った強盗殺人というシンプルに過ぎる犯行の背後には、犯人の痛切な人生と現在の不遇があり、ささやかな善意と善行の重なりが悲愴な事件を引き起こしてしまったという真相がかなり辛い。

「異郷人」は、レストランの景品で当たったスペイン旅行で、主人公の探偵はアパートで、日本人の女性、スペインの女性、同郷の台湾人の男性と住むことになる。スペイン女性のオルゴールが壊され、台湾人男性のノートが破かれるというささやかな事件の裏に隠された、犯人の苦悩と嫉妬、――この「嫉妬」は非常に歪んだ形となって表出し、それが犯罪未満の形となって彼らの前に提示されるのですが、ここでも探偵の優しい眼差しは光ってい、とくに日本人女性との会話のなかで、警察官の仕事は、と語るシーンに要注目でしょう。探偵の視座はあくまで市井の人々に注がれており、彼にとっての推理と事件の解決は遊戯などでは決してない。このあたりに共感する読者も多いのではないでしょうか。

さて、探偵の口から解決した事件が語られ、それを第三者である人物が聞き取る、――という趣向の連作短編とあれば、今まで語られたすべての事件の真相が最終段階で反転を見せるか、あるいは最後の最期で『レーン最後の事件』ふうな展開で読者をあッと驚かせるのか、――と現代本格の読者であれば期待してしまうものの、本作は東野圭吾リスペクトな作者の手になる一冊ゆえ、幕間となる最後の「採訪現場」は、語る者と聞く者との関係性にささやかな、そして微笑ましい仕掛けを見せて、暖かい幕引きで締めくくります。

個人的にはもう一ひねり欲しかったかなァ、という気がするものの、この作風であればこの着地点がもっとも相応しいとも感じられます。ひねりすぎ、こねくりすぎな現代本格の過剰性にチと疲れ気味の読者には、心地良い箸休めと一作となるのではないでしょうか。オススメです。