方舟 / 夕木春央

「文春ミステリーベスト10国内部門第1位」で話題沸騰だったのに、最近まで読み逃してました。最近『十戒』と一緒にゲットしたので、まずは本作から。

あらすじは、山中にある奇妙な地下建築に潜入したボーイたちが、突然の地震によって出入口を巨岩で塞がれたため脱出不可能な状態に。一緒に閉じ込められてしまった訳アリ家族とともに打開策を練るものの、第一、第二の殺人が起こって――という話。

閉じ込められた挙げ句、下からは水がドンドン迫ってきているため、このままジッとしていても仕方がない。そんな状況のなか、入口を塞いでいる巨岩を退けて脱出する方法を模索するも、それを実行するためには一人が犠牲になる必要があり――という状況で起こった殺人事件という設定が興味深い。

主人公を含めた登場人物たちは、この絶望的な状況で犯人捜しを始めるのだけど、その理由がなかなか切羽詰まっている。殺人犯には、この犠牲者の一人となっていただき、残った自分たちは地上に脱出しようという魂胆ながら、果たしてこの絶望的な状況で殺しを行った凶悪犯が、自らの凶行を喝破された挙げ句「わかったわかった。自分が犠牲になるよ」なんて素直に受け入れてくれるものか、どうか。登場人物たちのナイーブな思考に頭がクラクラしてしまうのですが、もちろんこれこそは、作者が最後のどんでん返しのために用意したトラップで、なぜ犯人はこんな絶望下でわざわざ殺人を繰り返すのか、という動機にも繋がる構図の組み方が素晴らしい。

フーダニットの摑みとして、第一、第二の殺人の様相の違いを炙り出し、犯人特定へと繋がる端緒を物的証拠から見つけ出していく「探偵」の推理は非常に細やか。あまりにスマートすぎて何か裏があるんじゃないか、と邪推してしまうのですが、見事な消去法の末に指摘された犯人じしんは素直なもので、ついに物語は終盤を迎えるのだが、――とここからはネタバレ禁止。

ヒドすぎる(褒め言葉)どんでん返しによって、ある人物が仕掛けてきた仕込みが明かされ、探偵の細やかな推理の前提条件が崩壊する見せ方と奈落落ちにニヤニヤ笑いがとまらないものの……個人的にはあまり好みではない作風……

ともあれ、「探偵」による推理の見せ方とその崩しから、イッキに奈落へと突き落とす絶望的なエンディングは、まさにこの精緻な謎解きがあってこそのもの。本格ミステリだから描けた絶望感という点で、イヤーな後味を所望するひねくれ者には、大いにオススメできる一冊といえるのではないでしょうか。