『姫君を喰う話―宇能鴻一郎傑作短編集』に続く、新潮社セレクトの短編集。既読のものも多いながら、収録作の一編「蓮根ボーイ」は単行本未収録。傑作「魔楽」もキチンと入っているし、変態マニアで、作者の作品をまだ未読の方には超オススメの一冊となっています。
収録作は、メキシコで現地娘に一目惚れした日本人カメラマンの顛末を、アルマジロの奇形に託してグロテスクに描き出した「アルマジロの手」、尻フェチ狸が姫様のネクタールを直呑みするM描写も添えて、むかし話を怪異へと昇華させた「心中狸」、大食らいのノロマ男が、職場のズベ公に入れあげた挙げ句、奈落堕ちする悲喜劇「月と鮟鱇男」。
NTRも宇能鴻一郎が描くとこうなるッ!という「海亀祭の夜」、貧しい炭鉱町の泥沼で、メリケン男からの屈辱に恍惚を覚える変態男の末路を描いた「蓮根ボーイ」、鰻大好き男がふしぎちゃんとの新婚旅行で大鰻を食するまでの顛末をユーモラスに描き出した「鰻池のナルシス」、そしてインドでひとりの少年の美しさに囚われた日本人の奈落堕ちをおそろしくも劇的な筆致で魅せる「魔楽」の全七編。
個人的に偏愛したいのは、まず「心中狸」で、宇野センセならではの蘊蓄がひとしきり語られたあと、むかし話へと飛んで、姫様に惚れた狸がそばにいたいがため召使いに化けて、甲斐甲斐しく姫様の世話をするのだが、……という話。「姫君を喰う話」の構成を踏襲した一編ですが、やはり一頭光っているのは、上のあらすじ紹介でもチラリと書いた、姫の尻を見上げながらのネクタール直呑みの描写で、女尻に一廉のこだわりがある変態御仁であれば、必ずや満足できるのではないでしょうか。
やがて姫にも男ができて、くだんの狸は悲劇的な結末を迎えることになるのですが、このむかし話の語りを一段持ち上げて現実世界へと引き戻すことにより、すべて怪異をヴェールに包んでしまう手際がお見事。お伽噺を読み終えたような、ふしぎな読後感を残す一編です。
「月と鮟鱇男」は、奈落堕ちする男の悲喜劇を描いた物語で、鮟鱇のごとき大食漢がズベ公に惚れてしまい、会社の金をくすねて女に貢ぐことになる(実際はというと、ズベ公の彼女は遙かにずる賢く、もう少し手が込んでいるのですが、詳細は略)。ここでは、食欲と性欲をないまぜにした男の内的独白がふるってい、舌触りと匂いという、食欲と性欲に通じるふたつの感覚をリアルに描き出した作者の筆致が素晴らしい。
「蓮根ボーイ」は名作「リソペディオンの呪い」にも通じる悲劇が際だってい、頭の弱い、貧乏な主人公の姿に託して、敗戦日本の屈辱を仄めかした趣向が素晴らしい。何となく、ジョージ秋山師匠が漫画にしたらメッチャ凄い大傑作になるのでは、という逸品です。
そして名作「魔楽」は、仕事でインドに駐在したばかりに、少年愛へと目覚めてしまった日本人の物語。まず冒頭に男色と同性愛の蘊蓄がひとしきり語られると、奈落へと堕ちていく男の一人語りが始まります。いままでまったく少年になど興味のなかった男が、あるインド少年と巡り会ったばかりに人生を狂わされていきます。受け手に快楽はない、しかしその苦痛に耐えるのが愛でアル(大雑把にまとめるとこんなカンジ)という男色愛を体現する少年にのめり込んでいく男の心理描写に、冒頭の蘊蓄が効いているところが面白い。何度読んでも唸らされるまさに名作、でしょう。
というわけで『姫君を喰う話』にハマった読者であれば、まず大満足できる一冊といえるのではないでしょうか。
それと物語とは全然関係ないのですが、九鬼匡規の『あやしの繪姿』から採られたカバー挿画がまた素晴らしい。どの物語にも吸血娘は出てこないのですが、この絵をモット見たい、――それだけの理由で『あやしの繪姿』を買うべきかどうか、いまも悩んでいる次第です。