葬式組曲 / 天祢 涼

傑作。『連城発、新本格経由、泡坂着』とでもいうべき、本格ミステリの企みと趣向に充ち満ちた逸品で、堪能しました。収録作は、生前に父が遺した遺言にしたがって嫌々ながら葬儀の喪主を務めることになった次男の視点から、死者の生者に対する企みを叙情も交えて鮮やかな反転劇へと昇華させた「父の葬儀」、脇役も配して葬儀を行うホワイが明かされた刹那に、美しきサイドストーリーが立ち現れる結構が素晴らしい「祖母の葬式」。

死体消失という”いかにも”な趣向から、本格ミステリ批判を転倒させた人間心理の深奥を照射してみせる「息子の葬式」、幽霊の仕業が実は……という、本格ミステリの典型を踏襲した「妻の葬式」、そしてこれまでの叙情をイッキに破壊してみせるカタストロフが壮絶な「葬儀屋の葬式」の全五編。

いずれも、葬式はいかがわしいものでやる意味ねージャン、という効率主義がはびこる近未来の日本を舞台にした物語で、こうした特殊な世界に本格ミステリ的な仕掛けや転倒を凝らした作風といえば、新本格以降、すでにお馴染みのものとなっているわけですが、本作ではこの世界観を最後の最後で完膚なきまでにブチ壊してみせる破壊力抜群の構成と、このカタストロフを盤石にするための叙情を交えた四編の作風が見事な対照をなしている結構が素晴らしい。特殊な世界を舞台にした本格ミステリで、ここまで徹底して最後の破壊に注力してみせた逸品はないのではないでしょうか。

「父の葬式」は、生前に父が遺した遺言に隠された真意とは、――という、ある意味、人情ものミステリでは定番ともいえる謎を前面に押し出しつつ、ここでは語り手が同時に第三者の「探偵」の開陳してみせた謎解きを、さらに一歩推し進めるかたちで自らが「探偵」となってたどり着いた真相の見せ方が心憎い。ここから「犯人」となる死者と、「探偵」である生者とが、ある人物に対する秘密を共有することになる幕引きもいい。

葬儀という、ある意味「死」に寄り添うかたちでしか成立しえないものを、物語世界の中心に据えた本格ミステリながら、人死にそのものが謎ではなく、その死を取り巻く人物たちの内心こそが謎である、――という、一見すると、新本格における人間批判に対する回答にも思える趣向がふんだんに凝らされているのが「父の葬式」から「妻の葬式」までの四編に共通する風格であるわけですが、続く「祖母の葬式」は、異様な葬儀にこだわってみせる生者の企みに対して、「探偵」がそのホワイに対して見事な解答を指し示してみせるという、これまた本格ミステリでは定番の結構を見せながら、個人的には、真相開示によって立ち現れる死者のサイドストーリーが美しい。

「息子の葬式」は、生者の隠された内心を探る風格が際立つ前二編とはやや異なり、死体消失というガチな謎を前面に押し出した一編です。監視カメラで防御された場所から、子供の死体が消えてしまうというハウダニットは、往年の探偵小説を読み慣れた読者であれば、案外簡単に見破ってしまうかもしれません。しかし本編のキモは、犯人が死体消失を行うためになした所行に対して、ある人物が批判してみせた言説と、犯人の隠された心の叫びとが見事な対照をなしているところでしょう。こうした本格ミステリならではのトリックと、本格ミステリの技法を用いた人間描写とのせめぎ合いに酔っていると、最後を飾る「葬儀屋の葬儀」で壮絶なカタストロフを見せて本作は幕となります。

「葬儀屋の葬儀」は、ある人物の意想外な死から始まるのですが、あえて本格ミステリ的な”死”にまつわる謎を意図的に避けていた本作の企みが明らかにされていきます。「祖母の葬式」を典型として、真相開示によって開陳されるサイドストーリーに、ある人物が自らの心情を重ね合わせるという各短編の幕引きが、濃厚な叙情を生み出していた本作の趣向は、この「葬儀屋の葬儀」において、二転三転するフーダニットなどの本格ミステリ的技巧をふんだんに凝らした結構によって、完膚なきまでに壊されてしまいます。このひねくれた連作短編の構成をやりすぎと見るか、それともニヤニヤとほくそ笑むか……本格ミステリ読みであれば、もちろん後者であることは間違いないでしょう

しかしすべての叙情を消し去った焦土を晒してハイオシマイ、となるわけではありません。作者の『闇ツキチルドレン』にも通じる人間に対する不信と狂気に満ちた真相を突きつけながらも、物語は最後の最後、本作のヒロインともいえる人物の内心を美しく描いた幕引きで、荘厳な着地を見せてくれます。

いかにもミステリー・リーグでしかなしえない、本格ミステリの趣向・技巧を凝らした逸品で、近作のミステリー・リーグでは石持氏の『この国』と双璧をなす近未来の異世界を舞台にした物語の傑作といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。