大公女殿下に捧げる密室 / 芦辺拓

リーマン仕事の忙しさを理由にまたまた怠けてブログの更新を怠っておりました、……いや、実際にマジで忙しすぎて小説を読んでいる時間もなかったのですが、そんなときだからこそ、もうちょっとこう、浮き世離れしたお話にドップリと浸りたいナー、ということで、積読箱の中から引っ張り出してきた本作。ルリタニアン・ロマンスの骨格を持ちながら、そこは芦辺ミステリですから、それだけで終わる筈がありません。軽妙な物語の展開に、メタ的視点と現代本格の趣向をふんだんにこらした一冊で、堪能しました。

物語は、プロローグの妙に映像的なシーンが違和感ありながら、もちろんそこにも芦辺ミステリらしい企みがあるわけで、ノッケから探偵・森江がかかわることになったある事件と、それに絡めて金獅子の意外な過去が明かされていきます。まさかルリタニアンっつってもアレだろ、『グラン・ギニョール城』みたいな……なんて眉に唾して読み進めていくと、リアルにヨーロッパの小国で探偵が事件に巻き込まれてしまう夢物語みたいな展開でグイグイと読者を引っ張っていくのでチと吃驚。

作者のあとがきに曰く、「バズラーとしての形は崩さずに、より親しみを感じていただけるよう」な風格に仕上げたとのことですが、二つの事件には密室あり、首無し死体ありと古典的バズラーとしての見せ場もしっかりと用意されてい、トリックも添えて謎解きもまた定石を踏まえたものながら、個人的には事件に付与されたトリックを「謎」とし、その解明を「謎解き」とするバズラーとしての基本構造の背後に見え隠れする構図の構築方法に、芦辺ミステリの妙が濃厚に感じられるような気がするのですが、いかがでしょう。

たとえば、冒頭に語られる過去の事件では、ある人物が犯罪の嫌疑にかけられ、その窮地を探偵が救ってみせるという定番の見せ方を表に出しながら、そこにルリタニアン・ロマンスの端緒にふさわしい陰謀劇を挟み込むことで、犯人が企図していなかった転倒したアリバイを現出させたり、あるいはこの陰謀を現在の事件において復唱することで、推理シーンの前に挿入されたアクロバティックな『探偵』劇を成立させてしまったりという荒技にはニヤニヤ笑いが止まりません。

特にこの『探偵』劇が秀逸で、ヘタをすれば、ドリフのコントにもなりかねないところを、ギリギリのラインでしっかりと踏みとどまっているのは、ひとえに過去の事件の陰謀劇の謎解きでこのミステリ的趣向の存在を明かしてみせているからで、これがまたプロローグの劇的シーンと見事な連関を見せているところも秀逸です。ミステリとしての技巧が作者の指向するルリタニアン・ロマンスとしての骨格をより魅力的なものへと昇華させている、その見せ方にも注目でしょう。

ありえない、というか、まさに夢物語的な展開といえば、ワルの正体が明かされるというミステリとしての見せ場のシーン近くで、”アレ”の大群がアレするところは本当にアレ(爆)。いや、自分は”アレ”が大好きなんで、ページをめくりながら拍手喝采してしまったのですが、ミステリを離れたところでも、微笑ましいシーンがテンコモリ、――とはいえ、やはりミステリ読みとしては、芦辺ミステリではお馴染みのメタ的視点はもとより、ルリタニアン・ロマンスという、ある意味、非常に映像映えする物語に、あえて本格ミステリの象徴ともいえる『探偵』の存在そのものに仕掛けを凝らしてみせたり、後日譚も含めた本当の真相に社会派的な視座を織り込んでみせたりといったゴージャスさがたまりません。

過去のエピソードに語られる事件の陰謀劇によって、浮き世離れしたルリタニアン・ワールドへと読者を誘うと、中盤からのバズラー趣味溢れる密室殺人では古典的本格ミステリへの変化を見せ、――物語は、『探偵』という本格ミステリ的存在に凝らされた企みとメタ的視点を活かした仕掛けを経て、最後にこの”今”だからこその堅牢なリアリズムを伴った社会派としての側面を明らかにして幕となります。

ルリタニアン・ロマンスと本格ミステリの融合を目指した「ルリタニアン・ミステリ」というのが表の顔ながら、その奥には現代本格の様々な仕掛けや社会派ミステリのテーマをも包含した重厚なもの。ミステリ読みであれば、作者の軽妙な語り口によって進められていく物語の背後に隠された、豊穣なミステリの”コク”をたっぷりと味わう読み方が吉、でしょう。オススメです。