千年ジュリエット / 初野 晴

傑作。日常の謎っぽい素材を現代本格の超絶技巧で素晴らしい感動物語へと昇華させるハルチカシリーズ最新作、――といっても、積読箱に入れっぱなしだったので、刊行から数ヶ月経ってしまっているわけですが(爆)。

収録作は、「最初で最後の特別な文化祭」のはじまりを告げる前口上「イントロダクション」、あるブツの鍵の在処を探るという表層の謎の奥の奥に隠されたある人物の秘密が感動へと直結する「エデンの谷」、三枚目ハードボイルドっぽいタクシー運転手がかかわることになった変人ロッカーの奇妙な振る舞いと、文化祭での失踪事件が交錯する「失踪ヘビーロッカー」、決闘の必勝法が世代を超えて舞台劇の過程で推理されるという趣向が秀逸な「決闘戯曲」、恋愛世紀末に恋の相談を請け負うことを決めた秘密グループと、文化祭を訪れた謎の人物の秘密に隠された仕掛けの連関が感涙を誘う表題作「千年ジュリエット」。

安っぽい詩情に流されることなく、現代本格の技巧をふんだんに凝らして、謎と構図と真相開示に感涙必至の逸話を盛り込んでみせるのが本シリーズの真骨頂。本作ではもう、最初の「エデンの谷」からある人物の秘密が明かされた瞬間と、ある人物の隠された行為に涙、涙でありました。

スナフキンを彷彿とさせる変人がフラリと学校にやってきて、ある対決へと流れる展開など、ハルチカシリーズでは定番とも対決シーンをさらりと添えてあるところでもニヤニヤしてしまうのですが、この人物が意外なひとと繋がりがあり、そこからあるブツの鍵の在処を探るという展開へと流れていきます。ある人物は鍵の在処をスナフキンに告げてあるというのですが、覚えがないという。だとすれば、その忘れ形見に当たる楽器の中に鍵は隠されているはずなのですが、見当たらない。

鍵の在処という謎の提示そのものが誤導であり、探偵が真相を明かしてみせる推理のプロセスそのものが、ある人物とある人物との間のわだかまりを解きほぐす極上のセラピーにもなっているところが素晴らしい。脱力とおとぼけの真相に思わず苦笑しつつも、そのあとに明かされる、忘れ形見に隠されていた秘密とのコントラストが静かな感動を誘う傑作でしょう。

「失踪ヘビーロッカー」は、タクシー運転手の三枚目ハードボイルドっぽい語り口からはじまり、彼が乗せた奇妙な乗客と、失踪した人物を待ちながらやきもきする”待ち人たち”のシーンを交錯させた構成が秀逸で、二つのシーンにおいてこの状況の背景を説明しているのはもっぱら”待ち人”たちの場面であり、これを読者の視点から眺めると、本編での謎はなぜこの人物は”失踪”したのか、というところに落ち着くわけですが、意想外な秘密はむしろ変人の奇天烈な振る舞いに振り回されるタクシー運転手のシーンの方にあるという誤導の見せ方が巧みです。また『モラトリアム・ギロチン』『青春電気椅子』『ウツボかつら』など、思わず吹き出してしまうネタも盛り込んで、”待ち人たち”のドタバタ・シーンでも決して飽きさせない展開も微笑ましい。

謎の見せ方に誤導を凝らした前二編と異なり、続く「決闘戯曲」で提示される謎はある意味シンプル。曾祖父が遺した日記に書かれていた記録によると、異国における二つの決闘において、絶対に勝てないという状況であるにもかかわらず、ご先祖様は勝利したという。その必勝のトリックとは何か、――という話。

決闘に勝つために丁々発止の駆け引きがなされる逸話は、何だか福本センセの『賭博覇王伝』みたいなカンジなのですが、さらりと語られたヒントを端緒に、舞台上での演技そのものが謎解きに変化するという超絶技巧は、『神田紅梅亭寄席物帳』をも彷彿とさせます。「西部開拓時代編」「パリ編」で演じられるご先祖様たちのエピソードも、舞台上での演技という二重の見せ方によって臨場感溢れる描写となっているところにも注目でしょう。

そして表題作「千年ジュリエット」は、ある場所に集った女たちの恋愛相談と、文化祭に潜入を試みるある人物との二つのシーンを交錯させた結構ながら、この構造に凝らされた仕掛けの破壊力は収録作中ではピカ一。冒頭のシーンから何やら悲劇的な結末が待っていることは明らかなのですが、文化祭のシーンに描かれる初恋ソムリエの某君たちとのドタバタを眺めているうち、そんなことはすっかりと忘れてしまいます。それでも二人の会話の端々や小道具にはしっかりと読者を欺く仕掛けが凝らされているのですから油断がならない。

隠された秘密が明かされた瞬間、取り戻せない過去と真実が読者の前に提示され、いままで読者が抱いていた情景が一変してしまうという、――新本格以降の現代本格ならではの外連が見事に活かされた一編で、感涙必至の真相開示から希望を込めたラスト・シーンでしめくくる構成も素晴らしいの一言。

死体がブワーッと空を飛んで幽霊の仕業としか考えられない、みたいな陳腐なポエジーを絡めた謎は微塵もなく、そうした意味では、謎そのものの魅力によって読者を牽引していく懐かし本格とは完全に一線を画した本シリーズ、謎の背後に隠された秘密と逸話によって構築された美しき構図を堪能する「読み」に馴れた現代本格の読者であれば、本作もまた過去三作と同様、安心して愉しむことができるのではないでしょうか。オススメです。