鍵のない夢を見る / 辻村 深月

第147回直木賞受賞作。少し前に産経新聞の文芸欄で紹介されていたので気になっていたのですが、直木賞受賞ということと、最近手に入れたkoboで何か読めるモンはないかな……と探していたときにフと目に入ったので購入した次第。直木賞受賞作という煌びやかな箔付けなどなくとも、キワモノマニアであれば、忍び笑いが止まらないイヤミスで堪能しました。

収録作は、友達のママが近所ではコッソリ噂になっているコソ泥だったことを知った惑乱と不信を描いた「仁志野町の泥棒」、勘違いのゲス男に惚れられた中途半端なタカビー女の心の揺らぎを活写した「石蕗南地区の放火」、みつをマニアのDV男によって奈落へと誘われた女の行く末「美弥谷団地の逃亡者」、夢見に溺れるクズ男に惚れたフツー女が見せる一世一代の狂気の論理「芹葉大学の夢と殺人」、育児ノイローゼにどこまでも堕ちていく女の終わりなき地獄「君本家の誘拐」の全五編。

いずれも女の視点から女のイヤらしさを凝視した秀作揃いながら、こういう話、あるかもねーという、新聞の三面記事を賑わせている現実の事件を彷彿とさせたリアリズムが素晴らしい。なかでも異彩を放っているのが、冒頭を飾る「仁志野町の泥棒」で、仲良くしていた友達のママが実は近所では噂のコソ泥だったら、……という、考えただけでも、どう対処していいのか判らないシチュエーションがいい。

また物語の結構も盤石で、冒頭、かつての友達と出会ったところから、主人公の意識は子供時代へと遡っていくのですが、コソ泥のママだけでもかなり強烈な設定ながら、その事実の処理に困る主人公の戸惑いを、当時の子供目線といまの意識とを重ねた視点からネチっこく描き出しています。コソ泥ママも相当におかしいのですが、そんな家族に対する近所の接し方もイヤなカンジというイヤづくしの展開からやがて訪れるあるシーンと、いま主人公が眼の前に対峙しているある人物とが歪んだ形で重なる趣向もキモチ悪ければ、さらにこうしたエピソードをシレッと語っている語り手の意識もキモチ悪いという、――ともすればB級路線のイヤ物語を一級の直木賞の短編に仕上げてしまうのですから、作者の力量は相当なもの。

「石蕗南地区の放火」は、これまたちょっとタカビー入った主人公の、田舎モンの男衆を見下した上から目線がいい。ちょっといい顔をしたばかりに、シツコクつきまとってくる勘違い男の甚だしさと、コイツの服装から仕草に至るまでのリアル感溢れるディテールも相当なB級臭を発しているのですが、やがて明らかにされる放火事件の真相が相当にアレ。

しかし物語は、放火事件の犯人が明かされてからが本番で、この事件の真相を見事に喝破したかに見えた主人公の推理が、ホワイダニットに関しては相当に滑っていたことが次第に明らかにされていきます。この敗北によって引き起こされる主人公の憤りと絶望にはニヤニヤ笑いが止まりません。

「美弥谷団地の逃亡者」にも、とびっきりのゲス男が登場するも、こちらは出会い系で知り合ったDV男でみつをのポエムが好きというおセンチな一面を持っているという意外性がキモ。DV男に絡め取られた女の常として、この主人公もボカスカ殴られながらも男と別れることができず、――という定番の展開とともに語られていくのが、フツーの恋人同士っぽいデートシーン。

はたしてDV男に惚れたばかりに奈落へと堕ちていく女のシーンと、この違和感ありまくりのデート・シーンがいったいどう繋がっていくのか、……ある意味予想通りながら、最後の最後に見せる逆転劇には思わず口ポカンとなってしまうとともに、ボンクラ男であれば誰もが「やはり一番怖いのは女……」と独り言つに違いありません。

「芹葉大学の夢と殺人」も、「美弥谷団地の逃亡者」と同様、だめんずに惚れてしまう女という定番の設定ながら、こちらは「医学部を再受験して、オレはサッカーをやるんだ!」と、どう読んでもその日本語おかしいヨ?と首を傾げてしまうような斜め上の大志を抱いたボンクラ男が凄い。冒頭からある殺人がほのめかされ、当然、その犯人がある人物であるということは確定的なわけですが、「美弥谷団地の逃亡者」とは対照的に、女が最後の最後に見せる狂気の論理が素晴らしい。この倒錯した論理を堪能するだけでも、現代本格のファンは本作を手に取る価値アリ、といえるのではないでしょうか。

「君本家の誘拐」は、育児ノイローゼに堕ちていく主人公の閉塞感と重苦しさに、読んでいるこちらも思わず息が詰まりそうになってしまいます。冒頭に『誘拐』シーンを描きながら、いったん物語を過去へと遡上させ、再び事件の時間軸へと流れていく構成が秀逸。読者は当然、この『誘拐』にもある先入観を持って後半を読み進めていくことになるのですが、ささやかな誤導を凝らした事件の真相と結末を、希望と見るか、再びの地獄と見るか……。

キ印スレスレ、あるいはドップリとキ印というダメ男や、女の生理のいやらしさ、あさましさを活写した物語に、辻村小説らしいミステリの趣向を凝らした結構が光る短編揃い。岸田るり子とか 真梨幸子ってイイネ!みたいなキワモノ好きであれば、「直木賞受賞作っつーから、何かこう、高尚な文学入ってんだろ」みたいな遠慮は無用。「芹葉大学の夢と殺人」と「美弥谷団地の逃亡者」に登場するダメ男のキャラだけでも十二分に愉しめるのではないでしょうか。オススメです。