ラバー・ソウル / 井上 夢人

ジャケ帯には「空前の純粋小説が幕を開ける」とあるものの、その中身はというと、ビートルズおたくのストーカーがヒョンなことで知り合ったB級モデルをネチっこくつけ回した挙げ句、……という物語ながら、その仕掛けは「大胆不敵かつ超緻密」。とはいえ、大石小説の代表作にしてストーカーの純愛を極めた傑作小説『アンダー・ユア・ベッド』の読者であれば、案外、この仕掛けは100%見抜いてしまうのではないか、……というか、実際に自分がそうだったわけですが(爆)。

物語は、何かの事件の関係者が警察の事情聴取を受けているというかたちで始まるものの、その事件がどんなものなのかは開幕の時点では判然としません。ビートルズおたくでヒッキーで金持ちのボンボンという、ある意味最強ともいえる男が、撮影現場で知り合ったB級モデルにホの字になったことが悲劇への引き金となり、事件は犯罪を臭わせながら不穏な雰囲気で進んでいきます。

財力にモノをいわせて複数台の外車をブイブイさせているボンボンとあれば、引きこもりになどなろう筈もないのでは……と物語の外にいる読者は考えてしまうわけですが、彼には致命的な疵があり、それは身の毛も見だつほどの醜い容姿をもっているということで、この点について幼少代の逸話などが語られるところはかなり辛い。

そんな理由でずっと引きこもりをやっていた彼が、ネットというツールを活かしてビートルズの蘊蓄で世間に認められたあげく、とある音楽雑誌の人間と知り合うことに。しかし外に出るにも、グラサンに黒眼鏡は必携で常に顔を隠しているというあたりから、ミステリ読みとしては当然のことながら、こりゃあ何か裏があるナ、と邪推を働かせるわけですが、こことは違ったところに緻密な仕掛けを凝らしているところが本作の秀逸なところ。

そのあとはややクドいくらいに、ストーカーのアグレッシヴな活動をネチっこく描いていくわけですが、ある意味紋切り型ともいえるキモチ悪い振る舞いはおぞけを誘うものの、後半に進むにつれて、あまりに紋切り型ゆえに生じるかすかな違和感に気がついたときには、すっかり作者の術中にハマっているという趣向で、あまりこのテのミステリを読み慣れていない本読みの方であれば、最後の結末にいたって、ジャケ帯の裏にある(千葉県 30代女性)のように「えぇー、何これ?!」と驚きの声をあげてしまうことでしょう。

ただ繰り返しになりますが、これだけ紋切り型を尽くしたストーカー男の所行が、ジャケ帯にある通りの「空前の純粋小説」に化けるには当然、大掛かりな仕掛けが必要なわけで、だとすると、コレはコレで、本当はコレがコレでしかありえないよなァ、……などと考えてしまうと、その通りの展開で終わってしまうので、現代本格を読み慣れた曲者のマニアは”敢えて”そうした邪推は封印し、メリケン映画的ともいえるストーカーの明快にしてキモチ悪い行動力にゾクゾクしながらエンタメ小説フウに読み進めていくのが吉、でしょう。

「せつなくてせつなくて、たまらなかった」(愛知県 30代女性)という感想は、上の千葉県の30代の女性とあわせて、本作の読後感以上に「30代の女性ってみんなこんなかんじなノ?」と首を傾げてしまうほど印象に残ってしまうところがアレながら、ミステリ読みであれば、紋切り型であるがゆえに抜群のリーダビリティを誇る本作は、仕掛けを意識しない読みにつとめて、”敢えて”綺麗に騙される方が、心地よい読後感を得られるような気がします。

本作もまた転倒した純粋小説にして、絶望的なハッピーエンドを描いた作品であるわけですが、本作の風格がツボだった方であれば、大石圭の『アンダー・ユア・ベッド』は文句なしの傑作ゆえ、「あー、行かず後家になるくらいだったら、ストーキングされたいよお(ただしイケメンに限る)」なんていう”30代女性”の方などには、本作とあわせて、密かにオススメしておきたいと思います。