煽動者 / 石持 浅海

位置づけとしてはおそらく『攪乱者』の続編というか、そのシリーズの一冊ながら、あちらは短編でこちらは長編。『攪乱者』は、短編ゆえの小気味よい展開と、奇妙な組織が持つ、――石持ミステリならではの斜め上をいく倫理観にロジックの恍惚を重ねた好編でしたが、本作はアレとはかなり異なり、『攪乱者』のノリを期待するとやや肩すかしの感がなきにしもあらず。

物語は、人死にナシで政府転覆をもくろむ謎の組「V」に所属する細胞たちが軽井沢の施設に参集し、次なるテロの方策をワイガヤで決めようとするものの、その途中で参加メンバーの一人が不可解な死を遂げる。警察にも頼れない状況下で、石持ミステリならではのネチっこいロジックを駆使したフーダニットが展開されていくのかと期待すると、さにあらず。

死体は検分もマトモに行われないまま早々に組織の者が処分してしまい、彼らはワイガヤの続きをすることに。一応、次なるテロの方法が確定すると、その場で解散となって、主人公のボーイも家に帰ることに、――と、あらすじから『扉は閉ざされたまま』みたいな展開を期待していた読者はここで完全に置いてきぼりにされたまま、それでも物語は進みます。

主人公たち細胞が再び軽井沢に集まると、今度こそネチっこいロジックが始まるんだろうな、という読者の期待もむなしく、彼らは誰が殺したんだろうねー、なんて会話の端々で言及はするものの、せっせとジャガイモを剥きながらテロの道具を仕上げることに勤しむばかり。

あと残り四分の一となっているのに、おいおい、いつまでジャガイモ剥いてんだよ、と呆れていると、組織の某人が話を振ってきたことをきっかけに、突然怒濤の推理モードに突入、いつもと違って遅すぎるよとブーたれつつも、第二のコロシも絡めて、被害者と犯人の心理の綾に分け入っていき、この特殊な組織の中だからこそ成立しえる斜め上を行く動機を明らかにしていく展開は素晴らしい。

やや冗漫に感じられた本作の展開も、こうして真相が明かされてみれば、この動機ならではの犯罪を説得力あるものとするには、重要な伏線となりえるワイガヤをじっくりと書き込んでおく必要があり、さらには期待のエロが超薄味とはいえ、

育恵の反らした白い喉を見つめながら、僕は果てた。
二回、三回と脈打つ流れに身を任せながら、僕は育恵を抱きしめた。

と、エロミスをグフグフと期待していた読者にとっては寸止めとしか思えない(しかし、主人公はチャンと射精している模様)、なおざりな描写でお茶濁したとしか思えないシーンの添え方も、コロシの背景に隠れていた動機のディテールを考えれば納得です。

とにかく盛り上がりに欠ける本作ではありますが、上に述べた、この設定でしか成立しえない、そしてこの設定からさらに物事を歪めて覗き込まないとハッキリとは見えてこない二重にヒネリを加えた動機と、この組織の正体や名前に絡めた真相だけで超満足。また、事件が収束し、主人公が日常へと回帰したあとのラストシーンも思わずニヤリとしてしまう決まり方で、ジャガイモ剥きに象徴される冗長な展開が大きな欠点とはいえ、あまりせっかちにならずに鷹揚な構えでいけば、最後には納得の大満足となりえる一冊です。

『扉は閉ざされたまま』系の話では決してなく、また短編の『攪乱者』とは楽しみどころが大きく異なる風格であるため取り扱いは注意ながら、ファンであれば、斜め上をいく異様な設定から生み出される歪んだロジックを最後の最後に堪能できるのではないでしょうか。