無臉之城 / 紀昭君

台湾クロスメディアマッチ(出版與影視跨産媒合平台 XMediaMatch From Book to Scree)がリストアップした一〇六篇の中から「文化部106年度推薦改編劇本徵選活動獲選」に選ばれた作品。一応ミステリという話だったので読んでみました。結論から言うと、本格ミステリとして愉しめるかというと、ちょっと違うなァ、――と印象です。解説で林斯諺氏が述べている通り、かなりミステリに引き寄せても「犯罪小説」といったところでしょうか。個人的には純文学っぽいと感じました。それもかなり若書きの。

物語は連作短編の構成を採っており、世間を知らない箱入り娘がネットで知り合ったボーイとの危険な出遭いから奈落へと落ちていく「壹、小王子的祕密旅行」、苦学のすえ台湾大学に合格して田舎の農村から大都会の台北へとやってきた青年の政治批判モノローグが炸裂する「貳、光,從這裡前進」、三六歳のオバはん女教師(実は処女ッ!)が教え子と関係をもった挙げ句、地下鉄トイレ爆破事件に巻き込まれてしまう「參、我們都活在宇宙的蛋裡」、突然の不幸から心優しい娘っ子が親の信頼を失いAV鑑賞三昧のヒッキーへと堕ちていく「肆、中心塌陷了」、オバはん教師と恋愛関係になったボーイの虚ろな心を暗いモノローグで映し出した「伍、有什麼正在轉動」、そして登場人物たちの連関から”顔なき都市”の鳥瞰図を描き出す「陸、浮動於上空的臉」の全六篇。

とにかく全編ほぼすべて地の文といっても良いくらいで、延々と登場人物の視点からの語りが続き、台詞はほとんどなし。さらには夢やモノローグ、さらには都市や土着の風景描写などがその間に織り込まれてこの物語世界を彩っているわけですが、物語が遅々として進まない展開にはじめはかなり苛々が募り、この苦行を続ける意味は果たしてあるのか、――という哲学的問い(?)から本を閉じてしまおうかと悩みに悩んだことはナイショです(爆)。

もっとも登場人物たちの繋がりが見えてくる中盤あたりから物語はなかなか興味深い展開をみせていき、なかでもエンコー娘のセックス・シーンからこの少女の背景が次第に明かされていくという「肆、中心塌陷了」はなかなかのもの。この前の「貳、光,從這裡前進」でさらりと描かれていた、ある人物のささやかな行為がきっかけで、ヒロインは両親から不信感を持たれてしまい、――という理不尽に過ぎる展開が完全にAセンセイ仕様。登校拒否になった挙げ句、引きこもってAVにどハマりし、最後はエンコーに手を染めてしまうというヒロインの落ちっぷりは壮絶で、社会の不条理を活写したこの一篇だけは収録短編の中でも黒い輝きを放つ異色作といえるでしょう。

実を言うと、AVやAVをモチーフにした展開や趣向は、本作の要所要所で登場するのですが、ここまでアッケラカンと性描写を描いた台湾ミステリってあったかなァ、……などと考えても、自分には思い浮かびません。三六歳のオバはん女教師(繰り返すケド、処女みたい)と教え子との関係という隠微さはいかにもAVっぽいんですけど、実際、この女教師と関係を持ってしまうボーイはチャッカリ家庭教師もののAVに興味津々だし、――ってこういうアレなところを述べてばかりいると、本作にあらぬ偏見を持たれるやもしれぬのでこれくらいにして、と(爆)。

やはり本作の秀逸なところは、爆破事件を物語世界の中心軸に据えて、放射状に登場人物たちを配すことで、物語が進むにつれてその連関が次々と明かされていく趣向でしょう。そうした人間関係の実相を、最後の「陸、浮動於上空的臉」によって鳥瞰し、現代都市の有り様そのものを広げて幕引きとする構成も素晴らしい。

また女教師の視点でボーイとの関係を映し出した「參、我們都活在宇宙的蛋裡」と、ボーイ自身の心の虚無を彼自身の視点から描いた「伍、有什麼正在轉動」との対照性や、世間知らずの恵まれたお嬢様が、親の忠告も聞かずにクダらない冒険心を起こしたばかりに奈落へと堕ちていく「壹、小王子的祕密旅行」と、つましい生活を送るごくごくフツーの娘っ子が、不条理な事件によって親の信頼を失った挙げ句に転落していく「肆、中心塌陷了」二編におけるヒロインの境遇との対比など、登場人物の立ち位置と内心を二編の異なる視点によって描き出した結構にも注目でしょう。

とにかく長い長い長ーい地の文が延々と続く物語ゆえ、スピードと明快さを重視するエンタメ脳しか持ち合わせていない自分にはかなりの苦行が必要とされた一冊ながら、これが映像だとすると非常に判りやすく、また面白い雰囲気になるような気もします。少年少女の暗い心の内部をミステリに絡めて描き出す作風は昨今の流行なのか、少し前では映画『共犯』、また最近では陳浩基氏の新作『網内人』もそうした系譜に属する作品と見ることも可能でしょう。

というわけで、”純文学っぽい”犯罪小説を所望の方であれば、エンタメからは大きく乖離した本作はかなり愉しめるかもしれませんが、軽快な筆致で物語をグイグイ進めていくエンタメ小説しか読まないヨ、という方にはあくまで取り扱い注意ということで。

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網内人 / 陳浩基
「映活vol.3<映画『共犯』上映&トーク>」@台北駐日経済文化代表処・台湾文化センター

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