台湾ミステリ作家の作品をここで取り上げても日本で刊行されるわけじゃないしなァ……と思って、最近は台湾の作家の作品を紹介することをやめていたものの、個人的な備忘録としてメモしておくのもアリか、と考え直しました。ということで、再開第一弾は、第四回島田荘司推理小説賞入選作『H.A.』や、三津田信三・陳浩基両氏も参加したリレー小説『おはしさま: 連鎖する怪談』の第二章「珊瑚の骨」の作者でもある薛西斯の本作を取り上げてみたいと思います。
あらすじはというと、――転校してきた娘っ子が、先生のすすめで夢と睡眠を研究するクラブに入ることに。しかし彼女は幼稚園時代のある事件がきっかけでそれ以来、夢を見たことがないという。そんな娘っ子を被験者として、部員たちは彼女の過去にあったできごとを探ろうとするのだが……という話。
幼稚園時代のとある事件というのがふるっていて、キャンプで山に入った十人以上の子供たちが行方不明になってしまったというもの。子どもたちが乗っていたバスごと消えてしまったことから、警察はこの運転手を誘拐事件の容疑者として山中を探したものの、捜査は難航。数日して子供たちは無事発見されたものの、件の運転者は死体として発見される。
運転手の死因が心臓発作だったことから、結局この事件は山の神様による神隠しということで処理され、――とここまで明らかにされていても作中では「魔神仔」という言葉がマッタク出てこないところが興味深い。「珊瑚の骨」では台湾南部の港町の風景をノスタルジックに描きだした作者のこと、「台湾的」なる「魔神仔」についての言及がないことにも意図的な狙いがあるものと推察されるわけですが、ここでは敢えてそこに深入りせず、もう少し話を進めていくと、――物語の前半は、部室内のヒーター盗難事件という「日常の謎」の解明をとっこに、クラブ員の不思議少年とヒロインとの出会いが軽妙な筆致で描かれていきます。
このあたりはオーソドックスな青春小説ながら、この不思議少年の超能力がイカしていて、彼は他人の夢のなかに入ることができるという。部員のヲタ娘が持ち込んだ睡眠解析マシンをヒロインと少年の頭部に取り付け、彼女の夢に深く潜入していく中盤からの盛りあがりが秀逸です。羽の生えたピーターパン、樹へとメタモルフォーゼする運転手、三時半から始まるパーティー、回廊の先に見えるドア、――過去の事件の謎を解くヒントとなる夢の情景は不思議な国のアリスのようでもあり、そうした夢の中の事象に対してフロイトの知見をベースに解明していくプロセスは、御大の『ネジ式ザゼツキー』を彷彿とさせます。
夢の内部に深く分け入るうち、その夢の景色が意想外な転換を見せ、フロイトからユング的世界観へと大きな捻れをみせるとともに、現実の情景と夢で見たものが重なりを見せて行く後半の趣向は完全にミステリのそれで、ここから不思議少年の背景が明らかにされていく後半はかなり重い。プロローグでさらりと言及されていた「人を殺したことがあるのか?」という問いに直面するヒロインを交えて、部員たちが過去の神隠し事件をロジックによって解体し、無意識下に隠されていたリアルをヒロインに突きつける酷薄さ――それを軽快な筆致でさらりと描いてしまうところはまさに作者の真骨頂でしょう。
不思議少年が父の過去と対峙し、そしてヒロインもまた過去の神隠し事件で自らがなしたことと向き合おうとする最後において、あることの「真相」を語らないままにした幕引きがとにかく素晴らしい。この終わり方が楳図かずおの『おろち』の「戦闘」に酷似していると感じたのは自分だけでしょうか。
ド派手さはないものの、ずっしりと心に響く物語の重厚さ、そしてシーンの美しさは、作者の「珊瑚の骨」の叙情性に心を打たれた方であれば気に入るカモしれません。かなりオススメ。