第六回島田荘司推理小説賞で『強弱』が入選した作者・柏菲思のライトノベル。『強弱』は、学園を舞台に凄惨な虐めと家庭問題などに焦点を合わせた物語に、強度な騙りの仕掛けを凝らした傑作でしたが、本作は非ミステリであるため、そうした興趣はナッシング。とはいえ、登場人物たちの内心や境遇については『強弱』のテーマとも通じるものがあり、短いながらもなかなか読み応えのある逸品に仕上がっています。
物語は、国際交流の一環として日本の九州を訪れていた学生たちが、大地震と津波に巻き込まれてしまい、クラスでははみ出しッ子だったボーイと国語教師の二人だけが無人島に漂着する。何もない孤島で二人は果たして生き残れるのか、――という話。
無人島でまず目を覚ました国語教師が問題児のボーイを見つけて、どうやら島に漂着したのは二人だけだと判明するところから物語は始まるのですが、この無人島でのサバイバルに、香港での過去の学校生活を織り交ぜながら、二人の背景を明らかにしていく展開がとてもイイ。
教師になったものの、生徒たちをただ良い大学に行かせて良い社会人として送り出すことが第一目標となってしまい、「教育」とは名ばかりの単なる管理業務へと堕している自らの仕事と内に秘めた理想とのギャップに苦しむ教師の心情は、香港はもとより日本の教育現場にも通じるものがあるのでは、と感じつつ、――そう言えば陳浩基の『網内人』でもそうした香港の教育現場に対する批判が探偵の口を借りて語られていたことを思い出しました。
また香港社会をあからさまに批判していると思しき文章も地の文にバッチリ添えられてい、例えば「こと香港においては、金こそがすべての基準となってい、個人の成功も失敗も年収によって決められる。心の豊かさなどというものは、個人の幸福をはかるに際して顧みられることもない。 過労によって病気になったとしても、それは輝かしき勲章のようなものと見なされる」というくだりなどは、むしろ香港より日本の方が苛烈さを極めているのではないかと感じられるほどで、――こうした作者の社会批判は、失われたウン十年を肌身で感じている日本人の方がより理解できるカモしれません。
さて、一方のボーイはクラスでも孤立していて、仲間に入らないアウトロー的なところがある。敢えて自分から皆に合わせようとしないし、そんな態度からクラスでも疎んじられている雰囲気を醸し出している彼は成績も悪く、担任の教師は彼の扱いに頭を悩ませているわけですが、とにかくこの無人島で生き残るには二人でどうにかしなくちゃいけないわけで、水がない、食べ物がない、どしゃ降りの雨に襲われたりと、生命の危機に直結するものではないものの、二人で力を合わせてそうした困難を乗り越えていきます。そして次第にボーイが教師に心を開いていく定番の流れから、彼がなぜこんな態度をとっているのか、という家族の背景と彼の過去が明かされていく趣向も期待通り。
ボーイがこんなふうになったきっかけについてはなかなかに重要なことで、彼のデータにしっかりと目を通していれば知り得た違和感を、日々の業務に追われてさりげなくスルーしていた教師のささやかな悔恨から、彼を生徒ではなく、一人の人間として向き合おうと決意する変転がベタながらとてもイイ。
とはいえ、日本の九州で大地震が発生して津波に呑み込まれた――というところからも、生還できたのはこの教師とボーイの二人だけだったのか、どうか。そのあたりの重い部分はバッサリ省いて、二人の交流に焦点を合わせた構成が功を奏し、読後感も爽やか。過去の逸話でさりげなく語られていたボーイの才能が将来開花するであろう予感と、これまた心を新たにした教師の成長も添えて、最後は心地良いハッピーエンドでしめくくります。
頁数も少ないため、あっという間に読了できるのも個人的には二重丸。数日前まで超弩級の一編に取り組んでいたので、箸休めにと手に取った一冊でしたが、登場人物見つめる作者の優しい眼差しはピカ一で、ミステリではないものの、作者の本領に興味を持たれた人にはオススメできるのではないでしょうか。