闇の臭跡 / 草野 唯雄

闇の臭跡 / 草野 唯雄以前ブックオフで大人買いした角川文庫の一冊。『見知らぬ顔の女』に登場する謎がマンマ使われていたり、聞き込みシーンに手抜きのサンプリングが多用されていたりといった、草野ワールドのダメミス風味を存分に愉しめる逸品に仕上がっています。

物語は、とあるビル火災から現場写真を探す謎の人物を巡って、新聞記者と警察を巻き込んでの連続殺人事件が展開されていくというものながら、とにかく事件関係者に対して聞き込みを重ねていくシーンがやたらに長く、ときおり犯人どもと思しき怪しげな会話が挿入されるものの、いっこうに引き込まれないアンチ・サスペンスな構成はかなり読者を選ぶカモしれません。

とはいえ、火災現場を撮影した写真「だけ」を追いかける新聞記者と、謎解きも交えて事件の真相を解明しようと奔走する刑事という二つの流れが、フーダニットの開示とともに一つに繋がる構図の見せ方はなかなかのもの。とはいえ、解説で新保氏のいう「多勢の関係者を訪ね歩く巡礼形式」を、刑事と新聞記者の二つのシーンに盛り込んだことで、冗長さが二乗になってしまった感がなきにしもあらず。

「巡礼」といえば何だかカッコよく聞こえますが、自分のような細かい文字を読むのが辛いロートルにとっては、「一橋荘にて――」「三度目東洋電機計測目黒工場にて――」「豊島区西池袋井上方にて――」と数ページにわたって、「巡礼」のサンプリングを繰り返しれし読まされるのは相当にアレで、『炎天下のお遍路巡りをした方がナンボかマシ』なんて感じてしまう短気な御仁もいるのではないでしょうか。

ちなみにこのサンプリングは草野ミステリの「巡礼」シーンではお馴染みのものともいえるわけですが、中盤に登場する「にて――」に続き、後半では「XXとXXの所在?」といった事件関係者の名前を並べてズラリズラリと「――の所在?」の繰り返しが展開される後半もお見逃しなく。

またサンプリングというよりハッキリ「使い回し」といってしまっても良いような、他の作品で使用した謎の提示とその推理をブチこんでしまったのが本作で、上にも述べた通り、中盤では『見知らぬ顔の女』でも登場したある女の所在をめぐる謎かけが出てきたところでは奇妙な既視感にとらわれ、すわ「耄碌して読了済みの本を手にとってしまったか」と慌てたものの、巻末の解説でこの点についてははっきりと使い回しであったことが語られていて一安心。タイトルにもある通り、謎の女の所在を推理するという趣向がハマっていた『見知らぬ顔の女』に比較すると、本作ではあくまで添え物といったかんじながら、事件が解決したあとでも主人公がこの女の感慨に浸るといったシーンを描いているところを見ると、作者の草野氏的にはこの謎、かなりお気に入りだったのカモしれません。

草野ミステリの中でもかなり落ちる仕上がりですが、サンプリングの技巧を活かした手抜き感、『巡礼』形式で読者を睡魔の虜にするといったミステリの埒外の技法が光る本作をあえて反面教師としてミステリの創作に励むのも一興でしょう。草野ミステリの本懐を知らないトーシロは完全取り扱い注意ということでお願いします。