ホワイト・レポート(真実報道) / 藤居義将

ホワイト・レポート(真実報道) / 藤居義将ちょっと前にまとめサイトなどでも大変な話題となっていた中学生作家・藤居義将君の本格”的”推理小説。実は『平成維新の風』が様々なサイトで取り上げられ騒然としていた当時にゲットした本作、自分の読みでは「うーむ……この流れだと多くの好事家が『平成維新の風』を手に入れて、感想をネットにアップしていくだろうから、自分はちょっとハズして本格”的”推理小説なる『ホワイト・レポート』を読んでおくか……」というかんじだったのですが、キワモノ好きで『殺人ピエロの孤島同窓会』や『着ぐるみデパート・ジャック』や『午前零時の恐怖』は読了済みという猛者の方々が『平成維新の風』を手に取り、ネット界では侃侃諤諤たる議論が展開されるだろうという読みは完全に外れ(爆)、いまや作者である藤居君の存在は完全に忘却の彼方。

これではいかんッ!――というわけで、ここはキワモノマニアの一人としてボンクラの自分がせめて本作の感想をあげておこうと決意した次第です。……とはいえ、一月に手に入れた本作の感想をあげるのがこんなにも遅れてしまったのは、その文体の難易度ゆえ一度ならず二度までも挫折してしまったためで、このあたりは後述します。

収録作は、――というか、最初から「序章」とあって、長編小説っぽい体裁ではあるのですが、ミステリ読み的には連作短編としたいところで、ここでもそのように紹介していきます。番組打ち切りを宣告された女子アナと、芸能レポーターがタッグを組んで野球選手の取材をもくろんだものの、試合中に無慈悲な殺人事件が発生する「最後の登板」、人気マジシャンの講演中に不可能犯罪めいたコロシが発生、女子アナ探偵たちの推理によって繙かれる昭和人情劇「世紀のマジック」。

人気ゴルファーのプレイ中に取材をもくろむも、ゴシップ記者の死をきっかけに奇想天外な殺害方法によってゴルファーの臨終劇へと転じる「紅いフェアウェー」、田舎っぺ言葉を発する過激バンドのメンバーがデスった事件をきっかけに闇の仕置き人の存在が明かされる「凶悪殺人集団ケルベロス」、AKBライクなアイドル集団に魔の手が伸びる「死の羽衣伝説」、ヒロインの女子アナを謎の殺人集団のターゲットとすることで話の大風呂敷を大拡大、ついに作者の厨二病魂が炸裂する「玖美殺害計画」、そして「終焉」。

まず物語が始まる前に作者の手になる「それまでのあらすじ」という文章が添えられているのですが、「それまで」というからには、「その前」の話があって本作は続編なのかな、と思ったりするわけですが、どうやらそうではない様子。とにかく凄まじい背景がこの物語にはあって、みたいな大風呂敷は厨二病の典型的症状ともいえるわけで、このあたりの作者の前のめりな意気込みは軽くスルーして先に進むとして、――その「それまでのあらすじ」を読んでいくと、どうやらその内容というのが、これから始まる物語の梗概めいているから不可解至極。

もっとも本編が始まると作者特有の「だ、だ、だ、だ」という機関銃連射のごとき「だ」で終わる独特の文体で頭をシバかれ、話の筋を追いかけるのも一苦労という難物ゆえ、「それまで」という誤謬はあるものの、冒頭に話の全体をザックリまとめてくれているのはありがたい。

「最後の登板」から「紅いフェアウェー」までは、ひとまず独立した短編としてどこから読んでもノープロブレムというかんじで、それぞれの物語はいずれも、番組打ち切り宣告からの復活をもくろむ女子アナと芸能レポーターの二人を主人公に、ある人物に会いに行くと決まってコロシが発生するという展開から、録画ビデオをもとに事件のトリックを暴き出し、最後にはその動機を犯人の視点から昭和人情風味を濃厚に効かせた語りでブチまけてハイオシマイ、という構成になっています。

「最後の登板」は、野球の試合中に選手が毒殺されるという展開から、ミステリ読みであれば、有馬頼義の名作『四万人の目撃者』のような重厚な物語をイメージしてしまうのですがさにあらず。お父さんの影響か昭和ギャグにも精通したヤングな中学生である作者であれば、ここは「そんな話ではあーりま(有馬)せんッ!」と誇らしげに豪語してみせるところでしょうが、さすがにかの名作と比べるのは酷としても、その文体を除けば話の筋も摑みやすく、事件の端緒から発生、推理、解決のプロセスは明快で、またマウンドでの毒殺という不可能犯罪のトリックもよくできています。もっともよくできているといっても、あくまで昭和的鑑賞法に準じてという意味ではという但し書きがつくわけで、平成のミステリとしては周回遅れならぬ完全に後ろ向きで猛ダッシュを果たした作風は好みの分かれるところでしょう。

「世紀のマジック」もそうなのですが、アリバイ、指紋といったミステリでは定番のモチーフにこだわりを見せつつ、定石の推理を見せる後半は確かに、火サスの録画ビデオを何度でも見かえすのが三度の飯よりスキ、なんていう好事家であれば、本作の推理と登場人物たちのベタすぎる会話のやりとりもニヤニヤと愉しむことができるでしょう。

ではまったく新味も創意工夫もないのかといえば、……ここで「うん、そうだよ」と断言してしまうのも悔しいので、とりあえず見るべきところを挙げるとすれば、例えば「指紋」というガジェットの活用については、指紋の存在を前提としたロジックを逆手にとって、むしろその逆から犯人の陥穽をついていく推理が用意してあったりと、ミステリの格式・定石を会得したあとの次のステップについてはしっかりとした技巧を添えてあるところなど、作者にミステリのセンスはある、といえます。

マジシャンの名前がセロならぬゼロだったりマリー司郎だったり、アイドル集団のプロデューサが秋元ならぬ夏元康だったりというベタにすぎるネームづけを恥ずかしげもなくカマしてしまう豪毅さなど、中学生の黒歴史となるにふさわしい風格を感じさせる作風も見所ながら、こうしたミステリの定石を心得、展開の内部に大きな破綻を見いだせない仕上がりは、案外賛否両論分かれるかもしれません。これが『殺人ピエロ』の美意子タンや、『午前零時の恐怖』の水流添君だったら、物語の細部はもとより話の展開そのものにもツッコミどころが満載であるがゆえ、好事家に対してはそうした汚点や欠点を見いだす愉悦が提供されていたものの、本作は上にも述べたような盤石さゆえ、そうした愉しみ方はアマリ期待できません。

とはいえ、普通のミステリとして、文体を除けば普通に読むことができた前半と比べて、謎の殺人集団を出してきたり、ヒロインがそのターゲットにされたり、さらには国家権力云々がムニャムニャ……とカオティックな展開に作者の内なる作家魂を大爆発させる後半は、純粋に物語の破綻と大風呂敷のサイケっぷりを愉しむことができるのではないでしょうか。

殺人集団にしっかりと黒幕を配してその黒幕が実は実は国家権力のあわわわわ……というあたりには、話をデカくするには国家権力を持ち出すべしというエンタメ小説の骨法を感じさせるし、また娯楽小説の側面からいえば、中学生の作者にしてはレイプといったバイオレンスを事件の動機に配したり、ラストシーンをヒロインと主人公のキスシーンでまとめ、それだけではまだ物足りないとばかりに、二人がチューしているところへ噴水がプシャーッと吹き出してカットアウトしてみせるなど、昭和ドラマを彷彿とせさる映像技法までをも駆使した作者のサービス精神に注目、でしょう。

一応、

「?……将軍?」
無表情だった柊は興味を持ったようだ。
「名前の方が吉宗だからだけど、すごくごり押しだって噂よ……」

などという台詞回しに、覇王をリスペクトした歴史ネタをさりげなく添えているシーンもあったりはしますが、こうしたダメミス風味は限りなく薄め。

全体として見れば、中学生がものにした怪作とするには何かが足りず、厨二病の症例ならぬ新たなサンプルとして捕獲するには新味がないという弱さはあるものの、逆にフツーの小説技法を活かして普通の小説を普通に書けば、普通のエンタメ小説家としてKindleストアではそれなりの地位を築くことができるような気がしないでもないでもない、……といっては褒めすぎでしょうか(爆)。

唯一改善の要アリと感じたのがその独特のリズムにのせられた文体で、登場人物が「んまー。ひどいこと言う。奈菜さん、可哀そうよ」とか「シュウは態度だけがスーパースターだっぺ」など「んまー」に「だっぺ」と今日日の作家であれば絶対に使えない台詞回しを惜しげもなくブチこんであるあたりはむしろ絶妙なダメミスのスパイスとして評価できるとしても、

第4の事件は後楽園ネバーランドの音楽祭の事件だ。これは姉妹作「ブラック・コート」との共通ストーリーだ。これは同じ設定、同じ登場人物で、正反対のストーリーで、恐らく空前の表裏一体の推理小説だ。

というふうに文末を「だ」でシメる独特のリズム感溢れる文体は個性的ではあるものの、これが頻繁に続くと、ラップ世代のヤングであればむしろその縦ノリを愛でることができるとはいえ、自分のようなロートルにはチと辛いのもまた事実。ちなみに上の文章は、この作品が始まる前段に記された「これまでのあらすじ」からの引用で、「表裏一体の推理小説だ」とドヤ顔で嘯いたあと、

同作品では柊は暗殺者になっている。

と自作のネタバレを堂々とカマしているところでは、いかにも中学生作家らしい微笑ましさを見せてくれます。

いっときネット界隈を騒然とさせた『平成維新の風』は、厨二病丸出しの物語設定によって、今まさに黒歴史がつくられようとするその現場へと読者を誘い、我々を”歴史の証人”たらしめるとともに、誰もが容易に黒歴史を創出してしまう現代の恐怖をも教えてくれた問題作でしたが、本作はミステリの骨法をキチンと活かした普通のミステリとして読むことも可能という作風ゆえ、そのあたりは取扱注意ということで。そういう意味でむやみにオススメはできませんが、作者が現在進行形で作り出している黒歴史を目の当たりにし、まさに”時代の生き証人”となるためには、『平成維新の風』と並んでマストというべき一冊といえるのではないでしょうか。