相互確証破壊 / 石持浅海

相互確証破壊 / 石持浅海傑作というよりは大問題作(爆)。前作『御子を抱く』が、エロはナッシングという思いのほか生真面目な一冊だったのに比較すると、まるでタガが外れたかのような本作の破天荒ぶりはまさに孤高。エロティシズムとロジックが美しくも隠微に溶け合った作品世界は、まさに後世に語り継がれるべきエロジックのスタンダードな一冊といえるでしょう。

収録作は、やばすぎるミッションを遂行する社畜の男女が不可解なコロシに巻き込まれる「待っている間に」、不倫女がハメ撮り映像から相手の男のひた隠す秘密を繙いていく「相互確証破壊」、狙撃されたヒッキー兄貴の企みをセックスしながら推理する「三百メートル先から」、不倫女がセックス部屋の窓外で眼にしたある光景が奈落へと変貌する「見下ろす部屋」、車中フェラから始まるセックス三昧の物語に隠された秘密「カントリー・ロード」、男装女に股間を熱くするカレシはホモなのか、――ネコタチ女がおっぱいモミモミからエロい推理を爆発させる「男の子みたいに」の全六篇。

とにかく全編これ全てセックスシーンがテンコモリというヤバすぎる一冊で、冒頭を飾る「待っている間に」から作者である石持氏のエロい筆致はフルスロットル。「彼はわたしを護ってくれる騎士なのだろうか。それとも?」という女の自問から始まる構成がキモで、妻のいる男と女の不倫劇というありふれた話かと油断していると、「ん……」というキスから「あんっ……」と「思わず声が漏れてしまう」胸揉みへと前戯が進行するにつれ、どうやらこの二人は会社からヤバいミッションを任されてい、そのメンバーが不審死を遂げたらしいことが明かされていきます。「ワッセナー協定」とかコ難しい単語がチラッと登場するシーンこそあるものの、事件の背景を説明するシーンでもネチっこいセックスが大展開されるという結構がまず斬新。

「ひゃうっ!」という奇天烈な女の雄叫びから「あんっ、も、もう……」「お、おおう」「うんっ!」「もう、ダメ……」「ダメ……許して……」「あうっ!」「くううっ!」という男女入り乱れてのエロい台詞が連打され、「ひゅっ!」「――っ!」という石持小説であれば、屍体発見のシーンに登場するべき台詞さえもが、乳首責めされた女から漏れ出すにいたっては、果たしてこの物語はミステリとして着地しえるのかと不安になってくるのですが、心配ご無用。冒頭の一言が転じて、「××は怖い、××は魔物」(一応、ネタバレになるので伏せ字)という石持小説における永遠のテーマ(?)を凝らした真相が明かされます。

表題作「相互確証破壊」は、不倫女がハメ撮りに固執する男のホワイダニットを探るという物語で、ここでもその推理の端緒となるハメ撮りシーンの元となるセックスが大盤振る舞い。「待っている間」にでも披露されたイチモツの堅さから男性の心理を探り出すシーンも添えられ、「亀頭からカリ、そして竿の部分にも丁寧に舐めていく」口淫場面はもとより、推理の伏線となる二人の体位のディテールにまで濃密な描写を凝らした描写は疑いなくエロ小説。ちなみにタイトルにもなっている「相互確証破壊」というのがエロとどんなフウに絡んでいるかというと、不倫女の相手の男性いわく「浮気である以上、どちらからでも一方的に解消することは可能だ。その際、捨てられる方が『あんたの配偶者に言いつけてやる』とか言って修羅場になることは、十分考えられる」「でもこのビデオがあったら? 修羅場どころじゃない。一瞬にして家庭を崩壊させる破壊力がある」――そんなハメ撮りビデオという”核兵器”をお互いに共有していれば、破壊的な行動に出ることはない、……ということなのですが、この発想に隠された奇妙さへの「気づき」から、不倫女が男の秘密を繙いていく展開は根拠も薄くやや妄想気味ではあるものの、不倫だからこその「愛」、――しかしそれゆえにドライな結末が作者らしい。

「三百メートル先から」は、引きこもりの兄貴が狙撃されるという奇妙なコロシの真相を推理していくという、――これだけ見ればごくごくノーマルなミステリながら、ここでも探偵役の妹がセックスに興じつつ、そのセックスからあるものの企みを暴いていくという展開が斬新です。本作にも「相互確証破壊」と同様、セックスシーンにその伏線が凝らされているゆえ、「き、亀頭とか竿とか、そ、そんなふしだらな……」なんて本当はムッツリスケベな癖にマジメ腐った顔をした紳士淑女もこの真相を推理してやろうというのであれば、「ああっ! いいっ! いいっ!」「おう。由眞。由眞。イクぞ。いい?」「うん。イッて。わたしもっ!」なんて台詞も読み飛ばすことなく件の濃厚なセックスシーンに付き合わせなければなりません。そしてここでも「××は怖い、××は魔物」という作者の深遠なテーマにくわえて、テロルへの歪んだ思いが吹き出す幕引きが秀逸です。

「見下ろす部屋」は、不倫の密会場所に決まった部屋を取る男の秘密を探る物語ながら、ここでも鉄ちゃんかと思っていた男の視線を追うなかで、シッカリと、否、コッテリと濃厚なセックスシーンをぶちまけた風格が素晴らしい。何となくカーの某作品へのオマージュを感じさせる真相と、不倫劇の突然の終幕にオンナのドライな側面を添えたラストが作者らしい。

ここまで読んでくると、冒頭からエロいシーンが出てくるのは当たり前、と読者の思考も完全に麻痺しまっているはずで、そんな中、車中フェラという男の夢のようなシーンから突然始まる「カントリー・ロード」は、収録作中、エロジックを駆使した一編として未来永劫語り継がれるであろう傑作です。タイトルの通り、ヒッチハイクで知り合った男と女が高速道も使わないで広島を目指すという、映画なんかでもありそうな展開ながら、セックスシーンに隠されたある人物の”トリック”とそのホワイダニットが明かされる推理は素晴らしいの一言。探偵役である男性のホームズ的推理はもとより、「相互確証破壊」や「三百メートル先から」など、セックスシーンであれば当然描かれるであろう体位や愛撫の技巧から”犯人”の”トリック”とその”動機”を暴いていく論理展開の妙はまさに作者の真骨頂でしょう。冒頭から濃厚に描かれるエロシーンこそが伏線という、エロジックの妙技を存分に堪能できる傑作です。

最後を飾る「男の子みたいに」は、男装女との奇妙なセックスにコーフンする男のホワイダニットを探る物語で、探偵役とヒロインとのレズシーンも絡めて、セックスのバリエーションにも趣向を凝らした一編です。”動機”を探る探偵行為を進めるうち、その主因が探偵側へと旋回する構図の反転も素晴らしく、また結末にややブラックなオチが多かった収録作の後味の悪さを、気持ちイイハッピーエンドでしめくくる構成も素敵です。

石持ミステリにエロスといえば、やはり『耳をふさいで夜を走る』に言及しないわけにはいかないかと思うのですが、エロといっても本作ではまずその表現が大きく様変わりしています。『耳をふさいで』における「陰茎」「勃起」といったエロ小説にしてはやや直接的に過ぎた言葉は影を潜め、それに代わって「亀頭」「カリ」「竿」といった、やや昭和風味さえ感じさせる表現で多くのエロシーンが活写されているわけですが、昭和、――といっても、そのすべてがベタベタの懐かし風味というわけではなく、「イクっ!」「イクぅッ!」といった台詞も随所に鏤められ、またゲームやラノベ世代も射程に据えた「ひゃうっ!」「きゃうっ!」といった奇天烈な喘ぎ声が散見されるところも、本作が平成のエロミスであることを主張しているように感じられるのですが、いかがでしょう。

ちなみに「エロ、エロといったって所詮はミステリだろ。誇張するのもたいがいにしたまえ。いったいどのくらいエロいシーンがあるんだい?」なんて、怖い物見たさから本作に興味を持たれたミステリ紳士の方に、本作の喘ぎ声をざっくり引用してみるとこんなかんじ。

「んむ……」「あっ……」「ひゃうっ!」「あんっ、も、もう……」「お、おおう」「うんっ!」「もう、ダメ……」「ダメ……許して……」「あうっ!」「くううっ!」「ひゅっ!」「あっ! ああっ! そこっ!」「ダメっ! ダメっ! ダメえええええっ!」「沙耶っ!」いくぞっ!」「いいっ! いってッ!」「くううううううううっ!」「ひいッ!」「あっ! いいっ! いいっ! ダメっ! ダメぇっ!」「ううっ! いくよっ!」「いいっ! 来てっ!」「うおおっ!」「うああっ!」「おうっ!」「うっ! あっ! ああっ!」「ひゃうっ!」「あっ! そこっ!」「そこっ! いいっ! いいっ!」「ああっ! そこっ! いっ、いくっ!」「おうっ! いいよっ! いいよっ!」「いくうううううっ!」(「待っている間に」)

「む……ん……」「あ……」「あんっ」「ひゃうっ!」「うっ」「うおっ」「おうっ、いいよ」「むううっ!」「うあっ!」「も、もう――」「あんっ!」「あんっ! あんっ!」「うおっ! いいよっ!」「きゃうっ!」「うあっ! あっ!」「あうっ!」「あっ! もっ! もうっ!」「おうっ! いくよっ! いくよっ!」「うんっ! きてっ!」「うああっ!」「おうっ!」「ふうっ」「んんっ!」「どれどれ」「ん……」「あ……」「あんっ!」「うあっ!」「あ……ダメ……」「ひゃうっ!」「あッ! ダメっ!」「ああーっ!」「あっ! あぅっ! ああっ!」「くううっ!」「ああっ! もうっ! もうっ!」「おうっ! いくよっ!」「きてっ! きてぇっ!」「くうううううっ!」「おうっ!」「ねえ……」「ああっ!」「ひいいいっ!」「あっ! あっ! ああっ! あああっ!」「あんっ」「仰向けになって」「ああっ!」「くうっ! くうっ!」「もうっ! いくよっ!」「いいっ! きてっ!」(「相互確証破壊」)

「んんっ!」「あん……」「あっ……!」「あ、ダメ……」「きゃうっ!」「あっ! ああっ!」「もう……ダメ……」「くううっ!」「くうっ! くうっ!」「あっ! ああっ! いいっ!」「うっ、こっちもいいっ。もうイキそうだ。イッていい?」「うんっ! いいよっ! 今日はっ、中でっ、いい日だからっ!」「あ……」「あ……いい……」「いやっ!」「ダメよ……」「ひゃうっ!」「うおっ、いいよ」「うおうっ」「うう。気持ちいい。由眞、上手だよ」「むうっ!」「もう、入れてくれ」「えっ、上になって、いいの?」「ああ」「んあっ!」「うんっ! どう?」「おおぅ。いいよ」「んあっ! んああっ!」「くううっ!」「――っ!」「ああっ! いいっ! いいっ!」「おう。由眞。由眞。イクぞ。いい?」「うん。イッて。わたしもっ!」「くううっ!」「うく……」「きゃうっ!」「あんっ!」「うおっ!」「あんっ!」「あっ! いいっ!」「あんっ! ああんっ!」「ううっ! いくぞっ!」「きてっ! きてえっ!」「くあああっ!」(「三百メートル先から」)

「む……」「あん……」「ひゃうっ!」「ひっ! ひいっ!」「どう?」「いいよ。そろそろ、口でやってくれ」「う、うう……」「おうっ」「うんっ!」「いくぞ」「ああっ!」「うんっ! いいっ!」「くああっ!」「ああんっ! もう! もう、来てッ!」「うっ! うっ!」「ううっ! もう、イクよ!」「いいっ! 来てっ!」「イクっ!」「イクぅっ!」「ふうっ」「あんっ……」「ねえ……もう……」「あうっ!」「ああっ、そこ、いいっ!」「あ……、ちょっと……」「うあッ! あっ! あっ! うああっ!」「おおうっ!」「うう、気持ちいいよ」「うおう。いいよ」「うおっ! イクっ!」「くわっ!」「あうっ!」「あんっ! 強すぎるっ!」「ううっ! またイクっ!」「いいよっ! 来てっ!」「ちょ、ちょっと――」「そっ、そんなっ!」「ひいいっ!」「ひっ! ひいっ! ひいいっ!」「イクううううっ!」(「見下ろす部屋」)

「む……ん」「む……出そうだ」「いいよ。出して」「うおっ!」「どう? よかった?」「あ……」「あうっ!」「あっ! ダメっ!」「うあっ、もうっ、もうっ!」「ひゃうっ!」「いやっ! ダメっ!」「ひいっ!」「くうっ!」「ひいいいっ!」「あうっ! いいっ!」「ひはあっ!」「あっ! あんっ! もうっ! もうダメっ!」「おうっ! こっちも! いくぞっ!」「いいっ! 来てっ! 来てえっ!」「ああああっ!」「おうっ!」「う、ん……」「む……」「あ……いや……」「む……うん……」「あん……」「あ……」「いやっ!」「うひっ!」「あ……」「ひああっ!」「ああっ! いいっ!」「おうっ。こっちも、いいよ!」「うわっ! わっ! わっ!」「うあっ! うわっ!」「うっ! うっ!」「うあああああっ!」「おおおっ!」「抱いて!」「ああっ!」「くぅぅっ!」「いいよっ! いいっ!」「ううっ! いいっ!」「くいいいいいっ!」「うおうっ!」(「カントリー・ロード」)

「む……ん」「四つんばいになって」「ひゃぅっ!」「あっ! ヤダっ!」「もうっ! もうっ!」「いくよ」「あんっ!」「ああっ! あうんっ!」「うううっ、もう、いく」「いいっ! 来てっ!」「おうっ、いくよっ!」「うあああッ!」「あん……」「あ……」「うあんっ」「ふああっ!」「ふわあ……」「あうっ!」「ひあっ!」「うああああっ!」「あん……」「おうっ……」「おうっ!」「あん……」「んんっ!」「はうっ!」「ひあっ!」「あひっ! あひっ!」「ああっ! ダメっ! イクッ!」「おうっ、こっちも! いいっ? イッていい?」「うんっ、うんっ、来てっ!」「うああああああっ!」「うぐっ!」「おう……」「――ああっ!」(「男の子みたいに」)

イケてる喘ぎ声と台詞は独断と偏見で太字にしてみました。セックスシーンが満載のため、十八禁扱いは確実という逸品ながら、初体験はまだまだという健全なるヤングも一読すれば「女性上位はオナニーと変わらない」「男根はストローと違う」など、セックスに対する心得はもとより、「へえ……大量の精液が溜まっているコンドームは、口を縛ってコンビニ袋に捨てないといけないんだ」(「見下ろす部屋」)など、セックス後の紳士のエチケットまでもが学べるというオマケつき。ちなみにこのコンビニ袋を用いた”後処理”の方法ですが、『耳をふさいで夜を走る』にもささやかな伏線として登場するゆえ、石持ファンは復習も兼ねて『耳をふさいで』を再読してみるのも一興でしょう。

「世の中に悪い人なんかいない! みんな、一緒だよ!」なんて『セリヌンティウス』で石持ワールドの”沼”にハマりこんだ純粋少女にはやや刺激が強すぎる作風ながら、エロミスの素晴らしい技法を体現した怪作がテンコモリの本作は、『リスの窒息』や『君がいなくても平気』以降は、エロ風味を希釈させて「石持浅海も日和ったか……」なんて溜息をついていたキワモノマニアも大満足できる一冊といえるのではないでしょうか。オススメですが、その刺激の強さゆえ、あくまで取り扱い注意ということで。