やすらいまつり / 花房 観音

やすらいまつり / 花房 観音萌えいづる』が、平家物語の逸話に重ねて現代の男女の官能美を描いた連作短編集だとすると、こちらは京都の祭りをモチーフとして男女の、――特に中年男性の心情と女性の機微の相違を鮮やかに描き出した佳作でした。『萌えいづる』の構成が連作短編集としてあまりに素晴らしく完成されていたため、あちらと比較してしまうとチと物足りないのですが、それでも観音ワールドの素晴らしさは存分に堪能できました。

収録作は、とある祭りで知り合った美女と逢瀬を続けたのち突然の別れを告げられた男が彼女の秘密を知る「梅まつり」、京都に転勤となった中年課長が、職場の冴えない無能男の妻と情事を重ねたすえの黒すぎるオチ「ひいなまつり」、学生時代にいいコトになりそうだったサークルの女の子と再会した男のつかの間の情事が叙情を誘う「祇園まつり」、学生時代に情事を目撃されてしまった近所の娘っ子との宿命的な再会が官能を引き寄せる「地蔵まつり」、妻をとある理由で死なせてしまった男が運命の女と再会する傑作「火まつり」の全六編。

「梅まつり」はノッケから尻を突き出した女とエッチをしているシーンから始まるという唐突さで、官能成分は全編を通じて今まで読んできた作品に較べるとかなり多め。それぞれが独立した一編として愉しめるのでどこから読み始めても没問題なのですが、初っぱなからコレなので、観音小説の官能シーンを期待している女子であればココから読み始めるのが吉でしょう。いずれの物語においても京美人が登場する中、本作のヒロインは和服の下に下着をつけていない淫乱女で謎めいた存在という、――なかなかにそそるキャラ立ち見せているのですが、唐突な出逢いから逢瀬を重ねるうち、情事に溺れていくのはおしなべて男性側で、いっぽうの女は淫乱ながら聡明というあたりは案外、男の本質を突いているような……。突然の別れを宣言して鮮やかに去っていった女とフとしたことで「再会」するシーンが美しい。

「ひいなまつり」は、そのオチからして藤子Aセンセみたいな黒さ溢れる逸品で、個人的にはそのキャラ立てと設定から大方の展開は予想できてしまったのですが、かなり愉しめました。京都に転勤となった中年の課長さんが、同じ職場の無能男にゲンナリするも、その野郎の奥さんがかなりソソる美女だった、――となれば当然、主人公がこの人妻とデキてしまうのは規定路線ながら、どうしてこんな美女があんな冴えない男を、という謎がラストシーンの情事で鮮やかに繙かれる幕引きが素晴らしい。『女の庭』の一編にも通じる「変態夫婦で仲睦まじ」という観音ワールドならではの妙味が冴えわたった一編です。

後半を飾る「祇園まつり」から「地蔵まつり」、「火まつり」と続く三編はいずれも男と女の劇的な再会が物語の展開に大きく絡んでくるのですが、「祇園まつり」で主人公の男が再会を果たすのは学生時代のサークルで一緒だった女性。彼女はサークル時代から付き合っていた男と結婚したようすなのですが、過去、彼女とともに歩いた京祭りの夜と現在のシーンを重ねた趣向が美しい。運命的な一瞬の出逢いを継続させようとする、――悪く言えば情事に溺れようとする男に対して、決然とした女性の態度を対比させた幕引きもいい。本作に登場する淫らなヒロインはおしなべてこうした凜とした強さを感じさせるところがタマりません。

「地蔵まつり」で主人公が再会するのは、近所に住んでいた娘っ子で、男はかつて自分の家でセックスをしているところを彼女に目撃されてしまったトラウマを抱えているという前置きが面白い。時を経て美しく淫らに成長した彼女との再会から期待通りのエロ・シーンへと突入していくわけですが、最後の最期でヒロインの正体について考える男の独白が複雑な余韻を残します。

「火まつり」は、収録作の中ではもっとも悲劇的でそれゆえに限りなく美しいという傑作で、妻を死なせてしまった男が時を経て運命の女と再会する、――という話。その再会する女が妻の死に深く関わっているというところからして悲劇的な香りがするのですが、期待通りの官能シーンを経たあとの、妻の死に対する男と女の受け止め方に鮮やな対蹠を設けて悲劇性を際だたせた結末が素晴らしい。やはりここでも男は宿命とか難しいコトはどうでもいいから一緒に気持ちよくなろうヨ、という卑しさが見え隠れるするところが相当にアレ(爆)。それに対して、ヒロインの一生赦されることのない宿業を背負っていこうとする決意には凄みさえ感じられます。この凄み、――男性作家ではさらりと書けないでしょうなあ、と感じさせる、まさに観音小説のコクを堪能できる一編でした。

主人公が四十五歳とか、自分と近しい年齢のリーマンということでかなりハマってしまったのですが、その一方で「火まつり」の主人公を典型として、男のズルさや軽さにウンザリしてしまうところが、男性読者としてはアレながら(苦笑)、今まで読んできた作品とは異なり、男が主人公で物語を引っ張っていっているところが本作の個性でしょうか。構成の巧みさ素晴らしさに関しては傑作『女の庭』『萌えいづる』などに比較すると落ちますが、男性視点のエロ、というところは男性読者にも十分にアピールできる一冊だと思います。