稗海遺考 – Lost Ethnography of the Miscanthus Ocean / 破地獄

稗海遺考 - Lost Ethnography of the Miscanthus Ocean / 破地獄以前ここでも紹介した梁香 Fragrance Liangのデビュー・アルバム『梁香』を聴いて以来、台湾におけるジャーマン・プログレっぽい音楽を色々と追いかけているのですが、今回取り上げる破地獄の『稗海遺考 – Lost Ethnography of the Miscanthus Ocean』は、アルバムの発行元であるGuruguru Brainの紹介ページに曰く、――「台湾・台北のドローン/アンビエント・トリオ。グループ名は道教の儀式に由来しており、アジアの密教音楽を連想させる独自のヘヴィ・ドローンを展開している」。

破地獄は、本アルバム以前にも『墓室演奏』というデモテープをリリースしているのですが、ちょっと面白いのは本作が台湾のレコード会社ではなく、日本のGuruguru Brainからリリースされていることで、いったいどういう経緯で日本から――というのは不明。版元のGuruguru Brainはサイトの紹介文によれば「アジアの音楽シーンを世界に広める事を目的としたレコードレーベル」で、最近あちこちでその名前を眼にしているような気がする注文バンド、南ドイツMinami Deutsch のアルバムもリリースしています。レーベルの名前がguruguru、さらに南ドイツの音楽的背景にはCAN、Neu!がある、――とあれば、ロートルのプログレマニアとしては破地獄にも期待しない方が無理というもの(爆)。

破地獄は、SLEAZE 湯湯水水でギターを担当している盧家齊と呂立揚、奇萊山觀測站 Qí lái Observatoryの羅皓博の三人が結成したサイド・プロジェクトで、その音は上にも紹介した通り、イマドキの音楽用語でその風格を述べるとすれば”ドローン”、”アンビエント”ということになるのでしょう。ちなみに破地獄は昨年来日公演も果たしており、そのときの紹介では「イースタンカルトドローントリオ」となっていた様子。

グループ名が道教の儀式に由来しているというだけで何だか重々しい楽曲を容易にイメージしてしまうわけですが、確かに本アルバムの冒頭を飾る「破城入山 – Ramming the town Roaming」などは、重い太鼓から始まる出だしからして、密教音楽にも通じる妖しさに満ち満ちているものの、低いベース音によってひたすら反復されるメロディは意外にも親しみやすいところがチと意外。続く「太白金星 – Thee ancestral glistening Tai-Bai」も序盤こそ重苦しさが充満した暗黒ドローンをタップリ聴かせてくれますが、1分を過ぎたあたりから流れ出す心地よい旋律の反復は、現代音楽的なミニマルミュージック――例えばJohn Luther Adams――を彷彿とさせます。

暗黒ドローンを所望のマニアにとっては、続く「目犍連 – Maudgalyayana」がまさにご馳走といえるいえる素晴らしさで、前半を主導する重低音のベースと、中盤の重苦しいギターによって構築される音像は、収録作の中でも一番のヘビーさでジックリと聴かせてくれます。そして「南市巷説 – Uttering among the southern lanes」のけだるげなギターが奏でる音世界はちょっとPOPOL VUHを連想させ、「太白金星 – Thee ancestral glistening Tai-Bai」の癒やしともまた異なる、薄闇の中でまどろむかのごとき心地よさを感じさせる曲構成も素晴らしい。
「魂轎 Limbo Litter」は前曲の明快さから一転して、パーカッションが牽引する音世界に、無旋律のギターがところどころに切り込んでくるという、もっとも実験的な風格を持った一曲です。Canの『Tago Mago』に収録されている「Aumgn」――あの雰囲気にも似た混沌が好きモノにはタマらないのではないでしょうか。そしてこの息詰まる混沌を脱し、「雲生 – Cloudborn」の宗教的な恍惚と寂寞によって本アルバムは静かに幕を閉じます。

上質なドローン・ミュージックとして聴くのはもちろん、クラウト・ロックと呼ばれる以前の”あの音”――ジャーマン・プログレの雰囲気を濃厚に感じさせる重々しさは、自分のようなロートルのプログレマニアにも十分にアピールできるような気がします。またシンプルな旋律の反復がもたらす音像の心地よさは、意外や実験音楽時代の佐藤聰明やJohn Luther Adamsのファンも満足できる一枚といえるのではないでしょうか。オススメです。

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梁香 / 梁香 Fragrance Liang