梁香 / 梁香 Fragrance Liang

梁香 / 梁香 Fragrance Liang傑作。派樂黛唱片のオムニバスアルバム『派樂黛F1-哲人之石』でその存在を知り、shibuya PLUGでのライブ会場でゲットした梁香のファースト・アルバムは、期待通りの――否、期待以上の作品で大満足。台湾の音楽好きというよりは、自分のようなロートルのプログレマニアで特にジャーマンものが大好物、なんて言う人に是非とも聴いていただきたい逸品です。

アルバムの冒頭を飾る「虹」。聴くものを玄妙な世界へと誘うその電子色にAlpha嬢の声が重なり展開される音世界に、仄かなジャーマン色を感じてしまうのは自分だけではない筈で、この一曲目からしてすでに梁香の世界観は明快です。音像を構成する模糊とした電子音がそうしたどこかレトロな雰囲気を醸し出しているのに相反して、単調な反復音に折り重なるように繰り出される複雑なリズム構成は確かに現代的。このレトロな音像と現代的なリズムとの精妙な調律がこのバンドの強い個性を感じさせます。

「水草」は、タイトルからして浮遊感のある音をイメージしてしまう一曲ですが、実際そうした期待を裏切らずに、低いリズム音を覆うように流れる電子音へと誘われるAlpha嬢のウィスパーヴォイスも交えた歌声は、いたずらに激情へと流れることもなく、非常に端正。それでいながら「虹」以上の存在感をもって聴くものの心に迫ってきます。

「開花的樹」は前二曲とはやや趣を変えて、懐かしのドラムンベースっぽいリズムが際だった一曲。もしかすると収録作の中では一番現代的といえるかもしれません。中盤に挿入される語りの背後に響く雄叫びなど民族音楽的な彩りを濃くしていく後半の展開が聴きどころでしょうか。

「如果我可以接受沒有如果」は『派樂黛F1-哲人之石』に収録されていた一曲。シンプルなピアノに導かれて、やや舌足らずな雰囲気も添えて歌われるAlpha嬢のボーカルがいい。ミニマルなピアノの旋律とその歌声から、純粋に”歌もの”としても愉しめる一曲といえるかもしれません。

「你死了之後變成一座湖」。ガムランを想起させる冒頭の音とそれに折り重なるベース音、さらにはこれまた民族音楽的な歌唱を駆使して音世界を染めていくAlpha嬢のボーカルなど、どこか浄土の安寧を想起させる音世界が素晴らしい。

そして本アルバム最大の聴き所でもある大曲「來世」。エコーのかかったドラム音とその奥から響いてくるノイズのかかったピアノめく音――もちろんこうしたアナログの音をイメージさせるのもまたMad氏の精妙な音の魔術によるところが大きいわけですが、この曲でのAlpha嬢のボーカルは前曲の「你死了之後變成一座湖」とは対照的にどこか退廃的な色さえ感じさせてぐいぐいと聴く者をその音世界へと引き込んでいきます。ミニマルなリズムと残響を活かした音像からたちのぼってくる緊張感。そして中盤からしずしずとたちのぼってくるピアノ音と重厚な電子音が息詰まる変転を予感させながら展開を主導していき、いよいよ後半の爆発へと至る構成の素晴らしさ――さらには力強いAlpha嬢のボーカル――嗚呼、渋谷のライブで聴いたときにはあまりの凄さに鳥肌がたったのはこの曲だったか……と、会場での興奮を思い出した次第です(爆)。まさに梁香を代表する傑作であり、名曲でしょう。

前曲の余韻を残して続く「明年春暖花開日」の、ほぼアカペラに近い一曲で幕を閉じるアルバ全体の構成も素晴らしい。

メジャーはもとよりインディーズでも、最近の台湾ではこうした女声ボーカルを前面に出した音が流行しているような気がするのですが、台湾のそうしたバンドがいわば”歌もの”として、その音の源流を遡っていけば日本人が漠然とイメージしている中華歌謡へと辿り着くことができるのに比較すると、この梁香はそうした音とはかなり質感が異なるように感じられます。この音は台湾という島国を遙かに超えて、七十年代のジャーマンロックへと漂着するのではないか――そんなふうに感じてしまうのは自分がロートルのプログレマニアだからなのか、そのあたりは定かではないものの(爆)、ライブを聴くまえに感じた「台湾の多加美」というイメージは、アルバムを聴きこむにつれ、良い意味で裏切られたような気がします。

しかしながら例えばPOPOL VUHの『Affenstunde』や『In Den Gärten Pharaos』、あるいはTangerine Dreamの初期の傑作『Phaedra』や『Rubycon』のような、自然界の音を電子音によって構築した音像のイメージは、このアルバムを通して聴くことによってますます強くなりました。音の持つイメージの根源まで遡って構築されたこのバンドの風格は現代ではかなり個性的ながら、まだロックが実験的で独特の熱を持っていた”あの時代”の”本物”の音に相通じるものを感じさせます。その意味では、自分のようなロートルにこそ聴いてもらいたい傑作アルバムといえるでしょう。オススメです。

しかし派樂黛唱片というレーベルは色々と面白いなあ……と感じた次第で、というのは、いわばお披露目ともいえる『派樂黛F1 哲人之石』が、個性的に過ぎる面々の音をひとつに束ねたかなり個性的なアルバムだったのに対して、続いてリリースされた林瑪黛 Ma-te Lin『房間裡的動物』は一転して心地よい傑作ポップスだったのに驚いていると、次が本作『梁香』。電子音楽というジャンルに一応カテゴライズはされていますが、そこから出てくる音はまったく異なりさながら玩具箱のよう。キングレコードのNEXUSやイギリス4AD、さらにはTZADIKなど、若い頃は色々とレーベル買いをしたものですが、この派樂黛唱片はそんな昔日の懐かしさに漬りながらもちょっと追いかけてみようかな、という気にさせてくれます。というわけで、林瑪黛 Ma-te Linの『房間裡的動物』、『梁香』に続く次のアルバムがリリースされた時には手に入れる予定。期して待ちたいと思います。

[関連記事]
梁香 Fragrance Liang Live @ shibuya PLUG
派樂黛F1-哲人之石
房間裡的動物 / 林瑪黛 Ma-te Lin