僕のアバターが斬殺ったのか / 松本 英哉

僕のアバターが斬殺ったのか / 松本 英哉 リーマン仕事超多忙と体調不良につき長らく更新をサボっていましたが、少しずつ恢復しつつあるので再開したいと思います(こればっか)。というわけで、今回は島田荘司選第8回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作を本作をば。御大が選評で、本作との比較として、昨年の台湾における島田荘司推理小説賞入選作である『H.A』を取り上げているとあっては、『H.A.』を読んでいる日本人の一人として、本作についての感想を書いておかなければと思い立った次第です。

あらすじは、――仮想空間の映像を現実世界と重ね合わせたオンラインゲーム『ジウロパ』。このゲーム空間で殺した人物がリアル世界でもご臨終となっていることを知った主人公は、高校生の探偵君にこの殺人について、果たして本当に「僕のアバターが斬殺ったのか」を確かめてもらうため依頼をするのだが、――という話。

「斬殺った」を「やった」と読ませる言葉のセンスからラノベテイストをプンプンとにおわせている本作、ロートルの自分などはまずこれだけでかなり尻込みをしてしまうのですが、ご心配なく。文体も含めて奇をてらったところは少なく、仮想空間とリアル世界とを重ねて見せるゲームの成り立ちも「グーグルグラスみたいなもんだべ?」と判ってしまえば没問題、格別ゲームの内容について深く理解せずとも簡単に物語に入り込める親切設計となっています。

さて、本作では上にも述べた通り、そもそもの謎は仮想空間での殺人というハウダニットであるべきものなのですが、それはあくまで本格ミステリ読者の視点からみた謎の見立てであって、主人公にしてみれば、コロシの犯人や殺害方法などはとりあえずどうでもよく、果たして本当に「僕のアバターが斬殺ったのか」という点が最重要項目。しかしながらこの謎のずらしがなかなかに巧妙で、フーダニットなどを眼目として読み進めていくと存外にアッサリと犯人が判ってしまうカモという弱点を克服しているところが秀逸です。

御大の選評では『H.A.』と『虚擬街頭漂流記』を挙げて、こうした作品の流れを、「未だ存在しない新規のゲームを、その細部まで非常に細かく設定し、説明」しており、特に本作の場合にはそこからさらに「従来とはまったく発想を異にする新発想のゲーム・アプリを着想、創造した」ことは、「高い評価に値する」と評価しています。確かにその通りなのですが、自分の場合、作品世界の基盤となるゲームの構成から少し離れて、本格ミステリの趣向という点から本作と『H.A.』とを比較して、また違った感想を持ったのもまた事実でありまして、――以下、このあたりについて少しばかり詳しく述べてみたいと思います。

本作を手にする数ヶ月前、『H.A.』を読んだときの印象はというと、ハウダニットに特化した構成の副作用として人間ドラマが希薄であることが不満である、―― というものでした。例えば、『H.A.』ではゲーム世界の発案者が不慮の死を遂げているのですが、作中ではその死が一つの謎として物語の展開に大きく絡んでくることはありませんでした。その一方、本作でも同様に発案者が不審な死を遂げているところは同じながら、その死の謎は一連の仮想空間連続殺人事件と大きな繋がりを持っていることが仄めかされ、物語の終盤ではその死の真相が明かされます。それは主人公が仮想空間で追い求めていたある事柄と重なりを見せ、見事な人間ドラマへと昇華されるわけですが、……しかしながら、エピローグ的なその人間ドラマを読み終えたあと、それをやや”くどく”、また物語が予定調和に傾きすぎているのではという印象を抱いてしまったのもまた事実。これは『H.A.』を読んだことで自分の感性が変わってしまったゆえに感じる不満なのか、あるいは本作に描かれた人間ドラマの描き方によるものなのかは不明ながら、『H.A.』と比較することで、あの作品の、ハウダニットにとことんこだわりぬき、その他を潔く棄ててしまうという透徹した精神性を、本格ミステリとしての”粋”として再評価できたことはここに告白しておきます。

果たして双方の作品のいずれに未来の本格ミステリの鉱脈が隠されているのか――。『H.A.』のハウダニットへの特化という趣向そのものは、同時に、黄金期のゲーム本格と変わらないのではという疑念は自分の心の中ではいまだ払拭されないまま残されているし、それは同時に退化とも受け取れる危険性を孕んでいるようにも感じられる。どちらが正しいのか、ということはないのかもしれず、ハウダニットにこだわり抜くというゲームとしての先鋭性と、人間ドラマを突きつけていくという小説として習熟との折衷にこそ、本格ミステリ”小説”の未来があるのかもしれないし、……というわけで、このあたりついて自分はまだ答えを出せていません。

それともう一点、本作で注目すべき点は、「従来とはまったく発想を異にする新発想のゲーム・アプリを着想、創造し」、そうした仮想空間を舞台にしながらも、実際に行われる殺人行為はすべてリアル世界のルールに根ざしてものであることでしょうか。皮肉な見方をすれば、本作におけるハウダニットは、独創的な仮想空間の着想なくしても成立してしまう、――ともいえます。ここが『H.A.』とは大きく異なるところでありまして、『H.A.』においては、特に第一の殺人となる「白銀一角獣処刑の宴」にそれは顕著なのですが、ゲーム空間でなければ絶対に成立しえないトリックを用いている。本作との比較でいえば、ここに『H.A.』の先進性があるように感じました。

「従来とはまったく発想を異にする新発想のゲーム・アプリを着想、創造し」ながらも、その仕掛けと人間ドラマの創出においては、本格ミステリが長い時をかけて洗練させていった盤石なる技法を見せる本作は、いわば新旧の魅力を併せ持った佳作と言えるのではないでしょうか。ロートル除けとも取られかねないタイトルの奇抜さとは裏腹に、むしろ昔の本格ミステリを読んできた古くからのミステリファンにこそ手に取っていただきたい一冊ともいえます。オススメ、でしょう。

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