竜と流木 / 篠田 節子

かなり乱暴に話をまとめてしまうと、現代版『絹の変容』といった感じでしょうか。近作『インドクリスタル』のような大作ではないのですが、なかなか愉しめました。

物語は、太平洋の小島で絶滅しそうな両生類を保護したナイーブ男が、ソイツをリゾート地の池に持ち込んだところ大変なことが起きてしまって、――という話。主人公の男性が元軍人を父親に持つくせにどうにも物事を深刻に考えない繊細至極なお坊ちゃんで、この男のある意味独りよがりな自然保護精神が裏目に出て次々と惨事が発生する展開はかなりクリティカル。登場人物の布陣がこのボーイと緩いコンビを組むことになる風変わりな女性というところも、篠田ワールドでは定番といえるでしょう。

前半は、ボーイが保護した両生類の不可解な死をきっかけに、島で獰猛なトカゲが大量発生してテンヤワンヤという展開なのですが、このトカゲの正体を巡る謎解きも交えて話が進んでいきます。しかしながら本格ミステリを読み慣れた自分の読者であれば、コイツの正体はもう明々白々で、実際その通りだったりするのですが(爆)、そこからこのトカゲの駆除に奔走するボーイとその仲間の活躍は期待通りの面白さで、一気に読み進めてしまうことが出来ました。

上にこの作品は現代版の『絹の変容』ではないか、と書きましたが、当然ながら作者の処女作でもあるあの作品と本作では、「人間のしたことが裏目に出」、「モンスターと化したモノが人間に様々な危害を及ぼし」、「最後には人間の手によって収束がはかられようとする」構成はまったく同じながら、『絹の変容』では、自然界に改変を加える動機が金、金、金だったのに対して、本作では一応自然保護というお題目が表に大きく掲げられてはいるのですが、よくよく考えてみれば「太平洋の小島でひっそりと暮らしている動物を保護するために外へ持ち出す」というのも、ナイーブに過ぎる主人公の我欲に過ぎないわけで、その点では両方の作品の根幹は変わりないという見方も可能でしょう。『絹の変容』が小説すばる新人賞を受賞したのが1990年というバブル経済のまっただ中。かつては興隆を誇っていたもののすっかり落魄した八王子の絹産業を舞台とする『絹の変容』が書かれたのがバブルの時代であったのに対して、本作では、人間の我欲が引き起こした暴走を、現代的な自然保護という、現代人の価値観からすると反論不可能ともいえるものに託して描き出した点にその妙味があるのではと思うのですが、いかがでしょう。さらにいえば保護された問題の両生類をリゾート地の池で飼育するという倒錯と皮肉が秀逸です。

さらに『絹の変容』との相違について付け加えると、あの作品では人間の豪腕によって混乱は収束したものの、主人公はその代償として哀しい死を受け入れなければなりませんでした。そして最後に添えられた、いかにもパニック・ホラーの定石を想起させるラスト・シーン。――それに対して本作では、非業の死は回避され、また平時へと回帰するそのきっかけが人間の力を超えたところにある点も対照的で、さらに特徴的なのは、やはり『絹の変容』における思わせぶりなホラー小説や映画では定石ともいえるラスト・シーンを忌避している点が印象に残りました。死を回避し、ホラー映画の定石を敢えて採らない幕引きに、作者ならではの”軽み”の境地を見たよう気がします。

ページ数はそこそこあるものの、『インドクリスタル』という大作に較べるとやや小粒に感じられる一冊ながら、『絹の変容』から始まった作者の物語がいたった高みを堪能できるという点では、近作『冬の光』と合わせて読み比べてみるのもまた一興かもしれません。オススメです。

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