ジャケ帯は「ラスト一行まで逃さない」。「ラスト一行」なんて言われると、本格ミステリ読みはついつい「最後の一撃」を期待してしまうわけですが、そういう話ではないのでその点だけは取り扱い注意、でしょうか。『災厄』『暴走』と並ぶサスペンス・パニックに力点を置いた一冊で、とくにタイトルにもある『不死病』に凝らされた真相とそこから喚起される趣向に、本格ミステリ作家らしいセンスを見ることができて大満足。
あらすじは、山奥の謎めいた研究施設で爆発事故が発生。その怪しげな実験の中核にいたヒロインはどうにか助かったものの、記憶喪失状態に。そんな中、施設では凶暴化したヤバい奴らが徘徊していて、――という話。
『不死病』とある通り、人肉を喰らう暴徒の群れはゾンビを想起させますが、「病」とある通りに病気ということなので、この辺りは『28日後...』あたりをイメージしてもらうとよろしいかと。ヒロインが爆発事故のあった施設内で生き残りを見つけ、どうにか皆で結託してここから脱出しようと試みるものの、仲間が感染してしまい、――という展開などはマンマ『ゾンビ』ものの脚本をトレースしたかのような流れで魅せてくれるのですが、そうした定番・定石の展開を見せながらも、主人公の記憶喪失とそこに隠された研究の謎を配して、B級ホラーへと堕ちていかない風格が素晴らしい。
研究内容にあるテーマが絡んでいることは物語の開始早々から仄めかされているのですが、人肉食という症状がコレとどう絡んでいるのか、それが謎解きから明かされる趣向が本作の見せ場の一つでしょう。パニックを引き起こした現象に”ハウダニット”めいた趣向を凝らした『災厄』も秀逸でしたが、薬の結果から派生する症状のいずれが副作用なのかという点に因果の反転を見せる本作では、その真相自体に大きな驚きこそないものの、この真相がヒロインの慟哭と絶望を引き立てている点にまず注目。
次第にヒロインの記憶が細部まで明かされていくにつれ彼女はつかの間の愛をも喪い、さらなる奈落の底へと突き落とされていくのですが、いっきに物語上の時間を圧縮して綴られるエピローグの逸話がまたもの哀しい。ホラー映画の定番ともいえる蛇足をきっぱりと排して、ヒロインの哀しみと空しさを引き立てた結末の美しさもいうことなし。
篠田節子の『竜と流木』を読了したあと、『絹の変容』を再読し、この二作の結末の相違に作者の到達した軽みの精神を目の当たりにした自分としては、本作の作者に対して、ホラー映画では定番のアレを付け足したいという誘惑にかられることはなかったのか、そのあたりを是非とも訊ねてみたいとところではあります。
今回は、『災厄』『暴走』と違って、主人公がヒロインということもあってか、男臭い雰囲気こそないものの、その分、作者の中に内在する繊細さを垣間見てまた驚きを新たにした次第です。『災厄』『暴走』を評価できる読者であればまずはオススメの一冊といえるのではないでしょうか。