偏愛。前作『その可能性はすでに考えた』も、ネチッこいネガティブ推理の連打が本格ミステリ読みのマニア心を擽る逸品でしたが、本作ではやや趣を変えて面白さはさらにパワーアップ。個人的には前作よりも断然好みで、堪能しました。
物語は、聖女伝説が伝わる田舎の結婚式で毒殺事件が発生、美人中国人に少年探偵が解決に乗り出すも、この事件の真相には裏の裏があって、――という話。前作は、事件の詳細をまずざーっと前半部で語り尽くして、あとはその可能性をズラーっと並べつつ否定に次ぐ否定のロジックで魅せてくれるという構成でしたが、本作でも事件のあらましはほぼ前半で語り尽くされているゆえ、ここでダレるかな、……と危惧されたものの、中国人美女や少年探偵など、シリーズものに期待されるキャラ立ちした登場人物たちが立ち回って飽きさせません。本作では、プロローグ、エピローグ風に「断想」である登場人物の独白が語られ、また事件を解決するべき「探偵」の側にいた人物の唐突な内的独白による立ち位置の急転など、道場人物たちの心理に依拠したロジックの展開がまず秀逸。
とくに毒殺事件といえば、まず毒を仕込んだ経路の証明を眼目とし、そのトリックの究明が必然的に真犯人を暴き立てるという、いうなればハウダニットとフーダニットの重なりがキモといえるわけですが、実際、本作の前半部で開陳される推理では、本格ミステリらしい犯人の企図をそのロジックの礎としてハウダニットをたぐり寄せ、その帰結として真犯人を解き明かしていくというオーソドックスな趣向を採ってはいるものの、本作では主要登場人物のひとりが読者に対して唐突にして決定的な告白をしてみせる展開に超吃驚。
これによって物語の見え方は大きく変化して、倒叙ミステリのような興趣を添えながら、真打ち探偵の登場を待つことになります。しかしながら本作がひねくれているのは、絶対に真相を解き明かしてくれるであろう、シリーズものの探偵がこの「犯人」のなしえた「犯行」とはまったく違う見立てをあらかじめ宣言していることでありまして、「犯人」の知り得ない、あるいは見えていない偶発的事象が事件の背後に隠されていることが仄めかされます。最も「犯人」はこの審問の場で自らが指弾されるのを回避しようと様々な手を繰り出して、窮地を脱しようと画策するのですが、このあたりの虚々実々の駆け引きも前作ではあまり大きくフィーチャーされていなかった面白さでしょう。
この「犯人」と真打ちの探偵との一騎打ちで最後はキメてくれるのかと期待していると、中盤でこの「犯人」の犯行もまたシンプルなロジックによって否定されてしまうという展開に驚く暇もなく、事件の構成要素を細分化して、砒素を用いた「殺人事件」という様相をあっさりと翻してしまう結構もシンプルにして美しい。よくよく考えてみれば、中国人美女と少年探偵、さらには事件の容疑者としてひっとらえられた連中を前にして行われているこの審問は、登場人物いわく「犯罪の証明ではない」のだし、その目的はまた「殺”人”事件」の真犯人捜しでもなかったことを考えればこの特異な構成にも納得でしょうか。
一つ一つの推理を支えている物理トリックは、手の込んでいるものからあっさりとしたものまで様々ですが、乱歩先生もニンマリという大技に苦笑しつつ、「犯人」が大真面目で成功すると思っていたトリックにはちと首を傾げたりと玉石混淆であるところは、まあご愛嬌。もっとも「犯人」のトリックの弱点は、同時に真打ちの探偵が暴き立てたこの事件に内包される偶発的要素を際だたせるためのものだったゆえ、それぞれのトリックに添えられた疵の中にも作者の深慮が隠されていることは明らかで、このあたりを色々と勘ぐりながら読み進めていくのも一興でしょう。
なお、本当の真相は、前作同様これまた非常にアッサリしたもので、駄目出しされた物理トリックなどに比較すると、因習を背景としたその試みは心理トリックというに相応しく、個人的には、天城一の某傑作短編を思い出してニヤニヤしてしまいました。
否定に次ぐ否定で奇蹟を証明せんとする探偵の敗北は、このシリーズが続く限りは確定事項ともいえるわけですが、やぶれさる探偵ものでありながら、悲壮感と同時にどこか希望があるように感じられるのは、自分がすでに作者の手管にかかってこのシリーズを愛してしまっているがゆえなのか(爆)、キャラ小説として読んでも、探偵や中国美女など魅力的な登場人物をズラリと取りそろえた本シリーズ、次作の早急なる刊行を期待したいところであります。前作以上にネチっこいロジックという直球にくわえて、倒叙ものへの変わり身という変化球、さらには駆け引きを巡る心理サスペンスの面白みもそなえた本作、前作のファンであればまず没問題で愉しめるのではないでしょうか。オススメです。
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その可能性はすでに考えた / 井上 真偽