時限人形 / 川辺 純可


『焼け跡のユディトへ 』で、第6回 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作を受賞した作者の新作。『焼け跡』の印象といえば、「なかなか物語が進まない鷹揚な展開」と「竹田先生大喜びのツァイスネタがチラッと出てくる」というあたりが強く印象に残っているのですが、本作も「なかなか物語が進まない鷹揚な展開」は相変わらず。しかしながら、そのノンビリしすぎた筋運びの中に、まさかまさかこんなネタが仕込まれているとは思いもよらず、最後の最期で見事にヤラれてしまいました。

物語は、島に隠された財宝があるんだゼ、なんて仄めかしていたボンボンと、ヒョンなことから知り合った先生がその曰くアリの島に赴くや殺人事件が発生して、――という話。シッカリと外部の音信不通状態も発生して、まさに孤島での連続殺人事件という”お約束”が展開されるものの、バタバタとスピーディーに人が死んでいくイマドキの展開を徹底的に忌避した作者の筆致は、せっかちな現代人を苛つかせること名違いナシ。ところがところがこうした鷹揚な展開こそは、この仕掛けを気取らせないための作者の巧みな戦略であることに気がつくのは最後の最期で、自分は見事と欺されてしまいました。

本作とまったく同じタイトル『時限人形』という小説本の内容について、登場人物の一人が「変わっているのは書名だけ。最初からずっとどこかで読んだ感じだし、気取ってるし、くどくてだるくて退屈」と述べているのですが、まさに本作のもこの指摘通りの鷹揚な展開ながら、そこに作者の仕掛けが隠されてる趣向が素晴らしい。『時限人形』という小説が事件の端緒であるとともに、その仕掛けを解きほぐす大きな伏線にもなっていて、さらには時空を超えて二つの時間軸を連関してみせる後半の謎解きが秀逸です。

併走して語られる謎解きそのものも、これまたヴァン・ダイン先生が草葉の陰で苦笑いせざるをえない懐かし風味大炸裂のトリックなのですが、酷似した過去と現在の事件に用いられたブツの微妙な相違を開陳することでこの仕掛けを明かしつつ、そこで明かされる真犯人の名前が冒頭の描写と大きな矛盾を引き起こし、さらなる謎を生み出す反転劇も面白い。

ネタバレになりそうなので、一応文字反転しておきますが、この騙りの仕掛けはすでに目次から始まっています。そしてページをめくったあとに掲載されている登場人物表にも巧みな隠蔽がなされているわけですが、本作ではこうした騙りの仕掛けを、過去から現実へと時間をおいて発生した連続殺人事件の構図の渦中に投じるのではなく、事件を解く側の視点に置いてみせたところが面白い。フェアプレイを考えれば、「セッちゃん」の名前が登場人物表から排除されているところはアンフェアじゃねえノ? と言い出すマニアが絶対いるだろうなァ、と推測されるものの、そうしたツッコミは野暮というもの。

しかしながら、最後の最期でこの仕掛けに気持ちよく欺されるには、「最初からずっとどこかで読んだ感じだし、気取ってるし、くどくてだるくて退屈」という物語の展開そのものにずーっと付き合わなければいけないという苦行はあるものの、実を言うと(作者には申し訳ないので小声でコッソリ話しますが)細かい描写はかなりスッ飛ばしても没問題(爆)。まずは目次にざっと眼を通して、新しい人物が出てくるたびに登場人物表へと立ち戻りつつ、ざーっと読んでいくのがいいカモしれません。最後の最期、意想外なところからその仕掛けが明かされ、おおっと感心する、――そんな読み方がオススメです。

最後のシーンで明かされる真犯人の名前との矛盾というフーダニットはお手軽に過ぎるのではと感じられるものの、その前に「気取ってるし、くどくてだるくて退屈」な物語を読み通したご褒美として気持ちよく欺されているので、ヨシとしましょう。今回はカメラネタこそありませんでしたが、御大ファンであれば名前は必ず耳にしたこともあるに違いない村上水軍ネタが物語の大筋に関わってくるため、そちらの興趣から本作を手に取ってみるのもアリだと思います。個人的には偏愛、ではありますが、いかんせん本作の仕掛けに大きく絡んでくる「気取ってるし、くどくてだるくて退屈」な筆致が読者を選ぶ作品ゆえ、取り扱い注意ということで。

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