スノウ・エンジェル / 河合莞爾

『デビル・イン・ヘブン』の続編、というか前日譚。『デビル』で諏訪刑事とともに物語の主軸を担ったある人物を主人公とした一冊で、哀切溢れる結末に感涙至極。やはり河合氏の作品には駄作なし、と確信した次第です(ちなみに自分、黒歴史と噂される(?)『粗忽長屋の殺人』だけは未読デス)。

主人公がホの字だった部下の女性がワルに殺され、戸籍のない者として放浪している、――という『デビル』でも言及された逸話が繰り返され、特殊な薬物の蔓延を阻止すべく隠密行動を行っているマトリこと麻薬取締官の女性とともに、ある人物を探ることになるのだが、――という話。

『デビル』では諏訪刑事の印象が強かったので、本作で主役を張る人物の結末はちょっと忘れていたのですけれども、本作を読了後、すぐまた『デビル』をざっと読み返してまた涙。本当に河合氏は悲哀を交えた人間ドラマを描くのが巧い。

本格ミステリらしい仕掛けといえば、陰謀劇の中に現代本格らしい操りを駆使して、最後の最期、ワルを罠に嵌める段階で意想外な展開が繰り出される後半部が見所でしょうか。しかしながら本作は、そうした仕掛けや騙しを一切忘れてしまっても、現代進行形の日本のグロテスクな風景が『デビル』の舞台となる近未来へと変容していく様子や、重い過去を抱えた主人公の内心の精細な描写など、ハードボイルド小説としても一級品の風格を備えているため、ただひたすらページをめくりながら息詰まる展開を追いかけていくだけでも十二分に愉しめます。

作者らしい取材力に裏打ちされたドラッグの恐ろしさに宗教的知見を重ねて、恐るべき陰謀劇を炙り出していくところは、近未来を舞台にしているがゆえに読者もまだ他人事でいられた『デビル』とは大きく異なり、カジノと東京オリンピックという二つの大きなエピソードを軸にして現在進行形の形で描かれる本作には、ひりつくような緊張感とおぞましさがさらにパワーアップ。小物どもが跳梁跋扈して下らない「学園シリーズ」を続けているリアル世界をあざ笑うように、本作で暴かれていく陰謀は壮大にして絢爛。何しろ時空を超えた存在っぽい人物がさらりと登場して、神の視点からこの世界の仕組みを語り出したりするのですからタマりません。こうした異形を暗示させる存在を除けば、本作の陰謀劇は寿行センセぽいというか、昭和風味だなあ、……とも感じました。

近未来という設定ゆえに、やや浮世離れのお話として愉しめた『デビル』と違って、本作では現在進行形の日本のグロテスクな変容が語られているため、恐怖度はこちらの方が上かもしれません。熱い男の孤独な闘いを描いた逸品ということで、『デビル』を愉しめた作者のファンのみならず、個人的には寿行センセのハードロマンみたいな小説をまた読みたいッ!という中年紳士に強くオススメしたいと思います。

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