文句なしの傑作。『ドローン探偵と世界の終わりの館』で最新技術を仕掛けに用いた作風の片鱗をすでに見せつけていた作者の新作。タイトルにもある通り、その内容は犯人と探偵役に人工知能を配し、現在進行形で超絶な進歩を遂げている人工知能ならではの論理の陥穽や斜め上を行く思考を、本格ミステリならではの事件へと昇華させた趣向が素晴らしいの一言で、クイーンや現代本格における諸問題を難しく考えたいマニアのみならず、難解なものを難解なまま放置せず判りやすい説明を加えるとともに、キャラ造詣にも様々な工夫を凝らした一冊ゆえ、本格ミステリにあまり詳しくない一般の読者でも大いに愉しむことができるのではないでしょうか。
物語は連作短編の体裁をとっており、まず第一話「フレーム問題 AIさんは考えすぎる」からしてフルスロットル。「無限の可能性がある現実世界」で発生したリアルな事件をAIが推理するとどうなるか。AIが事件の解決方法を学習していた閉世界仮説を探偵小説の物語世界と重ねて、「後期クイーン問題」へグイグイとアプローチしていく展開が素晴らしい。主人公の父親が亡くなった事件、――確かに細かい不審点はありながらも、リアル世界でもありそうなごくごくノーマルな事件の様態に、自信満々で「複数の仮説」をブチあげてみせる人工知能探偵・相似のドジっ子ぶりが微笑ましい。無限に増殖を続けそうな容疑者の背景や、「天文学的に低い確率」のトンデモ推理を滔々と垂れ流してみせる人工知能探偵のポンコツぶりを披露したあと、電子書籍で推理小説を読むという荒技でさらなるディープラーニングを遂行して精度を上げていくという次なる展開も面白い。
このあと、人工知能探偵は主人公とコンビを組んで推理の腕前をあげていき、さらには人間らしさを獲得していくような展開へと至るのですが、本作が優れているのは、そうした人間らしさを獲得していくであろう人工知能の成長譚に対蹠させるかたちで、敵方に人工知能万能説を唱えて暗躍するカルト・グループを配したころでありまして、おおよそ人間らしい揺らぎを嫌って、人工知能こそが人類にとって「正しい」選択をするに違いないとう狂信も相当なアレッぷりながら、すでにグループのメンバーが開発した人工知能がグループのリーダーに収まっているところかミソ。そのリーダーたる人工知能に、「探偵」相似の片割れである似相を合わせて、複数の人工知能が思考を巡らせてそれぞれが独自の行動原理を獲得していく過程が、複数の事件の背後で丁寧に描かれているところも秀逸です。
個人的に思わずのけぞってしまったのが、第二話「シンボルクラウディング問題 AIさんはシマウマを理解できない」で、異様な犯行現場に凶器といった、いかにも本格ミステリらしい様態が、これまた第一話の後期クイーン問題と同様、ある古典的名作の犯人を引用して、シンボルクラウディング問題を抱える未熟な人工知能の思考と重ねてみせた試みがもう最高。
続く第三話「不気味の谷 AIさんは人間に限りなく近づく瞬間、不気味になる」では、連続する奇妙な事件に探偵AIが一本筋の通ったロジックを構築してみせるのですが、その推理に「ふーん……なるほどねえ」と納得していた矢先に、主人公が傍点つきで「この推理はおかしい」と断じてみせる展開がイイ。本格ミステリであれば許容されるであろう突飛な犯人の心理を、「人間はこんな推理をしない」とキッパリ否定して「不気味の谷」と連関してみせる面白さは、まさに人工知能が抱える今日的なテーマとともに現代本格にも知悉している作者ならではの発想でしょう。
基本的に事件は主人公と人工知能探偵・相似の視点から語られていくのですが、事件をひき起こす犯人側の存在として、相似と双子の存在にして敵方に盗まれてしまった似相の視点から、敵方集団の秘密へと迫ろうとする裏物語をこれまた丁寧に描き出しているところも、この物語に厚みを持たせているような気がします。第四話「不気味の谷2 AIさん、谷を越える」では、著しく成長を遂げた人工知能探偵・相似がまさに「谷を越え」て人間らしさを獲得した結果の推理を披露してみせる一編で、ここに人工知能がもたらすセラピー効果を添えて、素晴らしい人間ドラマを活写する後半の推理展開が心地よい。この人工知能によるセラピーは、同時に敵方の集団を活写するシーンでも様々なキャラの背景を炙り出していくことによって語られてい、人類としての、また人工知能としての完璧さや、あるいは人間らしさを獲得していくことが人工知能の「成長」を意味するのか等など、――話を重ねるごとに、人工知能と人類との関係性を考えていく上での重要な問題提起がなされていく物語全体の構成も素晴らしい。
最後の第五話「中国語の部屋 AIさんは本当に人の心を理解しているのか」では、クイーンに加えてもう一冊、ある「奇書」を持ち出して、敵方に囚われの身となった主人公と人工知能探偵・相似がある問題に挑む、――という物語。取り組んでいる問題そのものに読者の視点を固定させながら、思わぬところに仕掛けが隠されているという、――現代本格のアレともまた異なる趣向で魅せてくれます(自分はこの「奇書」を読んでいたのでアッサリとこの仕掛けに辿り着いてしまったのはナイショ)。ここでは人間側、主人公側の人物の特殊過ぎる背景に絡めて、その人物の言葉は信用できるのか、という疑問について、主人公が人工知能とのコミュニケーションから得た知見をもとに一つの答えへと思い至る幕引きが美しい。
それにしても気になってしまうのが、背景が濃密に過ぎるキャラたちの今後でありまして、第五話で裏切ったかと思われていた人物の本心や、その人物を操ろうとする敵方の存在や二人の今後の関係、さらには敵方の人物たちは第五話のカタストロフでどうなったのか等など、――今後の展開のためにシッカリと”出し惜しみ”をしている複数のキャラ造詣や背景など、作者と編集がこのシリーズを大きな物語へと成長させていこうとする意欲がビンビンに感じられる本作、今年を代表する傑作と言い切ってしまってもいいような気がします。ほかにも父娘の情愛という視点から『虚擬街頭漂流記』と対蹠させて色々と語りたかったりもするのですが、キリがないのでこのくらいにしておきます。現代本格の最先端という意味でも、まさに今読んでおくべき一冊といえるのではないでしょうか。超オススメ。
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