火村&アリスのコンビによる『国名シリーズ』最新作。ド派手なトリックもめくるめくロジックによる謎解きもナッシングという一冊ながら、すらすら読めてしまうから摩訶不思議。あらすじはというと、神戸の異人館界隈にある屋敷に「アガスティアの葉」によるリーディング目当てで集まったメンバーたちが、過去世やら予言やらをインド人から聞いた数日後にコロシが発生し、――という話。
話の展開そのものは相当に地味で、コロシの様態もごくごくノーマルに落ち着いたものながら、リーディングで記されていた被害者の死亡時刻と実際の死亡推定時刻が合致していたことから、すわオカルト予言が的中か、はたまたリーディングの結果を知っていた人物が犯行に及んだのか、という二つの見立てをスパッと切り捨ててしまうロジックが美しい。本作では、怒濤のロジック展開こそないものの、捜査が進み、被害者と容疑者たちの関係や過去が明かされていく中で、ふと立ち止まり、要所要所で真相へと迫る道筋を明快なロジックで示していく実直さがとてもイイ。
「アガスティアの葉」だの過去世だの、リアリズムに立脚したこのシリーズではロジックによって解体されるべき対象であるはずのものが、実は事件の構図に深くかかわってい、そうしたオカルトをロジックの基軸に据えないと犯人へと辿り着くことができないというあたり、ある種の狂人の論理にも通じる風格ながら、フと思い出したのは泡坂妻夫の某短編だった、――というのはナイショです。
またアガスティアの葉絡みで明示される「前世」の意味を、ある登場人物の「過去」に重ねて、火村自身もハッとしてしまうような解釈へと変転させることによって、人間の業とドラマを描き出す趣向も素晴らしい。
中盤で刑事の温泉旅のシーンと火村&アリスの捜査が一つに繋がり、その人物が事件の表層に浮上してくる展開から、フーダニットがあっさり解かれるかと思いきや、上にも述べた狂人の論理フウの動機によって意想外な人物に焦点が当てられる見せ場が存外にアッサリ風味でサラッと描かれているところがチと意外ながら、淡々と捜査が進められ、淡々と犯人が指摘され、犯人の自白もいたって淡々としているあたり、タイトルから想起されるオカルト風味とは好対照をなしているところがむしろ面白く感じました。
『鍵の掛かった男』のように地味ながら、あるひとりの人物の過去がじわじわと明かされていき、滋味溢れる人間ドラマへと収束するような展開こそないものの、それぞれの登場人物たちの姿が読後も妙に印象に残っている不思議な一冊でありました。
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