幻屍症 インビジブル / 周木 律

イッキ読み。ネットでの評判はアンマリ……といった感じながら、個人的にはノンシリーズで見せる作者の個性が十分に発揮された逸品だと思います。

物語は島に屹立する収容所めいた孤児院で、ひとりの子供が転落死してしまう。タイトルにもある“幻屍症”という特殊能力を持つ主人公は、知能に秀でていながらも謎めいた存在である相棒ととともに、この島に伝わる四つの謎に挑むのだが、――という話。

アマゾンのあらすじをざっと眺めてみると、「他者の優れた部分が歪んで見える「幻視症」のユタカ」とか、それはちょっと違うヨという書き方が散見されるものの、おしなべて低い評価においては、このタイトルにもある“幻屍症”という設定がうまく活かされていない、というかよくわからないというものが多いような気がするのですが、これについては後述します。

“幻屍症”の設定活用はもちろんのこと、まずこの島そのものの謎にくわえて、四つの謎に語られる怪異の正体、さらにはこの四つの謎がなぜ子供たちの間に伝わっているのか等々、幾層にも謎を凝らしてこの作品世界を構築してみせた作者の創造力が大いにマル。正直、四つの謎に伝えられるそれぞれの怪異についてはお子様レベルで、このあたりは『失覚探偵』以上にジュヴナイル臭を放っているのですが、実を言えば、このイージーさが、冒頭に引用されているある文献の内容と島の正体を誤導させるためのものではないかと。これがもし最先端の技術を用いたものだったりすると、島の正体において作者が隠し通そうとしたある仕掛けをあっさりと見抜かれてしまうわけで、ここでは子供でも見抜けるというネタを巧みな目くらましとして機能させるべく、こうしたイージーなものに仕上げてみせたと考えるべきだと思うのですが、いかがでしょう。

しかしこの収容所めいた設定と描写は『無頼伝 涯』っぽく、鬼教官めいた人物が『涯』における人間学園の所長(?)で脳内再生されてしまったのはナイショです、――とはいえ、ここにも作者は気がつきもしなかった意外な反転を添えて、登場人物に対する印象をラストで一変させてみせるのだから心憎い。

そして肝心要の“幻屍症”なのですが、一応前半部においてあらすじにもある通り、「他者の優れた部分が歪んで見える」ものとして説明されるのですが、中盤から後半まで登場人物が相棒とともに島内の四つの謎の謎解きをしていく展開においては、あまり大きく活用されることなくホッタラカシにされているのもまた事実。しかしいよいよ謎解きも終盤に近づき、主人公と相棒二人が島外への脱出を試みる最後の最後で、“幻屍症”の症状とは異なる特殊能力としての真相が明かされる結構ゆえ、この最後の方まで設定がうまく活用できていないという点に不満を感じるのもまあ、無理もないかナ、……という気はするものの、もう少し踏み込んでこの結末に目を凝らしてみれば、作者の企図が見えてくるのではないでしょうか。

以下ネタバレになるので文字反転しますが、この“幻屍症”の異能力は作中における閉鎖空間たる島内では最大限に活用されないのも当然で、この島には作者がアレ系の仕掛けを隠蔽してまで、読者と登場人物たちを欺いてみせたとおり、「未来」がありません。延々と同じ奴隷的日常が繰り返されるだけの収容所から、それ以上に不安定で不確定な事態が待ち構えている島外において十二分に発揮されるものでしょう。読者がこの本によって閉じられた物語の幕引きからさらに先の、書かれることのなかった「未来」、――すなわち、主人公と相棒の今後に想像を働かせることではじめてこのタイトルにも掲げられている“幻屍症”の有意が納得できるという趣向は、作者が読者を信頼してのゆえではないかと推察されるのですが、いかがでしょう。とにかく表面に見えること、書かれていることのみを咀嚼して、作者と同等あるいはそれ以上の想像力を発揮しつつ、小説には書かれることのなかったその先の物語をイメージする、――という読書方法を最近の読者が行わない、できないというのあればそれはまた一つの小説の危機なのではないか、……などと考えてしまいました。

それともう一点。アレ系の仕掛けによって隠蔽されたこの島の真相についてですが、さりげなーく現在進行形の政治批判を含んでいるのではないかな、と邪推した次第です。収容所めいたこの島で”あるもの”が「生産」されるようになったいきさつとして、作中では「若年者人口の減少に伴う極端な労働不足」と「人工知能技術に予想外のコストが掛かる」からと説明されているのですが、我々読者がいま生きているリアル世界においては、政府が狂気の沙汰としか思えない緊縮財政を長年強行しているわけですから、この島のような収容所を建設する費用でさえも予算に計上されるはずもなく、その挙げ句に外国人労働者をバンバン受け入れる法律を強行してしまうわけですから、……畢竟、我々が生きていくであろう未来の日本は下手をするとこの物語で描かれている島外の生活より悲惨なものになっているのかもしれないヨ、……などと考えるとかなりホラー。

長々と感想を書いてしまいましたが、読書の作法や近未来の日本について思いを馳せたりと、抜群のエンタメ小説ながら、なかなか考えさせられる一冊でありました。大人が読んでも深読みをすればさらに面白いという物語ゆえ、ノンシリーズの作者の作品がお気に入りのという自分のようなファンには強くオススメしたいと思います。

LOST 失覚探偵 (上) / 周木 律

LOST 失覚探偵 (中) / 周木 律

LOST 失覚探偵 (下) / 周木 律

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