傑作。本格ミステリとしての濃度は連作短編の構成を採った前作の方が上のような気がするものの、本作は長編にしてキャラが濃すぎる登場人物たちの相関と心理を本格ミステリらしい技法で細やかに描き出しながら、SFチックに突き抜けて弩級の仕掛けで魅せてくれる一編でした。
物語は、ゴムボードで漂着した死体という「あれ? リアルでもこんな事件なかったかしらん?」という事件に密室モノ、さらにはそこに官邸内での秘密通路も交えた奇怪な殺人事件も加えたゴージャスな三本立て。その難事件に、主人公のボーイと人工知能探偵たる相以が挑むという展開なのですが、まずもって最初の二つの事件に奇怪な物証や犯行現場の様態を鏤めて、トロッコ問題を絡めながら必然と偶然の狭間を縫うかたちでおどろきの構図を見せつけるロジックが素晴らしい。
二つの不可解な事件に対して『マイナスとマイナスをかければプラスになるように、不可能と不可能をかけあわせれば可能になる』という発想の起点から、その不可能を現実的な実行方法へと落とし込んでいくところが秀逸です。一見すると突飛に見えながら、AIの活用によってそれが可能になる、――というあたりが本シリーズの真骨頂。『ドローン探偵と世界の終わりの館』でも感じられた、作者ならではの最新技術をフル活用しての謎解きは本作の大きな魅力のひとつでしょう。
その一方で、顔と指紋を消された死体、のような古典的な見せ方にも、官邸内での殺人事件という特殊な状況における犯行を傍点つきで説明してみせる周到さ。最先端と古典との美しき融合は前作でも見られましたが、長編における本作でも要所要所でこうした作者ならではのこだわりが愉しめます。
そして本格ミステリ的な趣向とともに、シリーズ第二作となる本作では、登場人物とAIの成長譚にも注目でしょうか。犯人の目論見とその事件の構図に苦悩する人工知能探偵・相以が今後、犯人への完全勝利に向けてどのような戦略を立てていくのか、――このあたりが気になって仕方がないのですが、AI対AIの構図とともに、犯人側の、――というか犯人に操られていたある人物の宿業に連城的な転倒を凝らした発想がおそろしい。以相が自分の『物語』を現実化させ、それを”感動的”と嘯く一方、「どんなに辛いことがあっても、人生(物語)は続いていく」と主人公が苦悩する相以に声をかけるラスト・シーンが美しい。
前作を読まずとも、この感動は体験できるものの、やはり相以vs以相や、人工知能と人間との関係をある程度頭に入れておいた方が本作の趣向をより愉しめるかもしれません。前作ともに超オススメ。