断頭台/疫病 / 日下 三蔵(編), 山村 正夫

まさに怪作の名に相応しいキワモノの一冊。『くらげ色の蜜月』と一緒に購入したのですが、キワモノ度はもしかしたらこちらの方が上を行くかも知れません。収録作は、落ち武者スタイルの舞台俳優が端役の処刑人に打ち込むあまり時空を超えて本物に憑依される名作「断頭台」、結婚初夜に女形と心中を図った男の異常心理を探る「女雛」、ロック・エイジのヒッピー崩れが盗みに入った伊豆山中の屋敷で曰くありの短剣を見つけたばかりに時空を超える「ノスタルジア」。

復讐を誓うボーイと倒錯女とのキワモノ節を効かせたボーイ・ミーツ・ガール「短剣」、聖女の営む孤児院で発生したコロシの真相とは「天使」、優しい心を持った刑事の取り調べが修羅場へと転じる「暗い独房」、ローマ帝国で深く静かに潜行する暗殺計画にどんでん返しを凝らした「獅子」、暴君の企みでコケティッシュな奴隷女とまぐわうことになった聖者パウロの苦悩と快楽「暴君ネロ」、神の犯罪と裁きを、一人の人間である彫刻家の視点で描いてみせた「疫病」。

編者である日下氏の解説によれば、本書は“山村正夫の高密度作品集”『断頭台』の増補版とのこと。”高密度”の言葉通りに、前半に収録された短編の、くらくらと眩暈がするほどの怪奇幻想の濃度は凄まじく、冒頭を飾る「断頭台」は主人公(?)となる若手の舞台俳優の見てくれからしてニヤヤニ笑いがとまりません。「頬は病的にげっそりと痩せこけ、落ちくぼんだ眼ばかりが鉛色ににぶく光っていて、おまけに額が武士の月代のように禿げあがり、両側の鬢に申しわけ程度の薄い髪があるだけ」で、台詞にはひどく東北訛りがあり、性格も陰気。そこから「死神」と綽名がついているいっぽうで、研究生の女優が恋人というのが奇怪至極。この男がフランス革命を背景にした芝居で、死刑執行吏サンソンを演じることになるのですが、あまりに入れ込みすぎたため、現実世界の過去に実在したサンソンに憑依されてしまい、――という物語。

これは作者との対談で森村誠一氏が言及しているのですが、最後の結末を読者の想像に委ねた趣向が素晴らしい。落ち武者俳優のいる現在と、薄気味悪い死刑執行吏のいる過去。そのどちらが「本物」なのか。そこを曖昧にしたまま現実世界でおそろしい惨劇が発生する。当の死刑執行吏はいいものの、その依代となった落ち武者はそのままで、物語を読み終えたあとも「落ち武者はこのあといったいどうなるんだろう……」と気がかりで、仕事も手につかないほど不安になること請け合いという怪奇幻想ミステリの傑作でしょう。

「女雛」は、都会で色々あって田舎の実家にすごすごと戻ってきた良家の息子と、ドサ回りをしていた歌舞伎座の女形が不可解な心中事件を遂げるのだが、――という話。嫁をもらっておきながら、新婚初夜に女形と心中したネクラ男の心理はいかに、という謎はやがて、女形と心中だからホモだったんだろ、という邪推を置き去りにしたまま、もう一つの異常心理を炙り出していく。まあ、これも異常心理とはいえ、令和の今ではごくごくありきたりのものながら、これもまた作者との対談で、森村氏がこの異常心理を「男のロマン」と絶賛しているところは要チェック。

「ノスタルジア」は作者ならではの、ヒッピー文化華やかりしころの時代風俗を感じさせる描写が素晴らしい。「ヒッピー相手のサイケ・モードの古着屋」、「ジョン・レノンばりの銀ぶち眼鏡」、「ブロンドに染めたちぢれっ毛のロング・ヘアーと顎をおおうゲバラ髭」、「裸身にジャズ玉ふうにロングネックレスや、金属製の腕輪を、チャラつかせている」、「マキシ・コートにパンタロンのフーテン娘」などなど、“判る人にはよく判る”筆致にニヤニヤしながら読み進めていくと「断頭台」で魅せた過去と現実をステップ・アクロス・ザ・ボーダーして主人公の魂がマヤ文明の過去と交わる展開は期待通りで、個人的に収録作のなかでは「断頭台」に並ぶお気に入りでしょうか。

中編となる「天使」は、その舞台を基督系の孤児院として善悪の対比を際だたせ、神の世界の天使と現実の汚濁にまみれた他の登場人物との正体との反転を凝らした趣向が素晴らしい。クリスティばりの異常なトリックとともに明かされる事件の構図では、フーダニットの真相以上に、得体の知れない動機がとても怖い。

後半のローマものでは実直な「疫病」に比較すると、キワモノという点ではやはり「暴君ネロ」が秀逸で、タイトルにある暴君ネロによって、奸計に巻き込まれたパウロの受難(といいつつ、実は気持ちイイ)と奴隷娘の意識の変化の方がメイン。聖者といってもヨガの業者じゃないパウロが生理的反応には打ち勝つことができず、その罪の意識が逆に奴隷娘の信仰のきっかけとなる反転もイイ。

いずれも捨て作なしという、まさに日下氏の言う通りの“高密度”な傑作集で、自分のように戸川昌子の『くらげ色の蜜月』じゃ生ぬるくて、……なんてキワモノ・ジャンキーでも満足すること請け合いの一冊といえるのではないでしょうか。超オススメ。

くらげ色の蜜月 / 戸川昌子