深夜の博覧会 (昭和12年の探偵小説) / 辻 真先

『たかが殺人じゃないか』に描かれた事件の十年前の話。『たかが』を読了したあと、すぐに単行本を購入して積読で寝かせておいたら、ここ最近になって文庫版が刊行。ちょっとモヤモヤした気持ちのまま読了したのはナイショです。

満州帝国が建設されたのは五年前というキナ臭い時代背景と、若い探偵の視点から描かれた名古屋汎太平洋平和博覧会の雰囲気とのコントラストが印象的。乱歩を彷彿とさせる猟奇事件が発生するのはかなり後段になってからで、名古屋に向かう主人公たちが超特急でワイノワイノしているシーンや博覧会の見世物の描写ばかりが特盛りの印象ながら、銀座に血の雨が降り注ぎ、人間の足を犬が加えて疾駆するという猟奇殺人の謎解きによって、このややアンバランスな構成の企図が明らかにされる趣向が面白い。

トリックに関しては、“推理”小説においても見慣れたものとはいえ、昭和十二年という時代だからこそ、今では当たり前に思えるものが当時は、――という違いが真犯人の犯行を暴き立てる決定的証拠になり、この猟奇的犯行に加担した人物たちの哀切を詳らかにしていく推理シーンが素晴らしい。

作者らしい騙りを凝らして最後の最期まで読者を驚かす仕掛けの連打で読者を愉しませてくれた『たかが』に比較するとストレートな展開ながら、上に述べたとおり、主人公視点での超特急・博覧会の描写と、犯行の様態のシーンとのアンバランスさが同時にトリックを解明するための詳細な手掛かりとなっているところが秀逸です。

個人的には『たかが』の方を推しますが、乱歩リスペクトともいえる猟奇と“パノラマ”チックな仕掛けなど、あの時代の探偵小説的雰囲気を堪能するならこちらでしょうか。本作を未読でも『たかが』は充分に愉しめるのですが、本作に眼を通しておくと、あの物語の主人公である少年の心情と、この作品での探偵の思いとを重ねてよりコクのある物語を味わうことができるかもしれません。

たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説 / 辻 真先