前作『邪神が売る殺意』で大暴れした(?)「夢売り」が再登場。物語は、「夢売り」が悪夢を魘されて困っている、という。その悪夢の鍵は彼女の幼少期の体験にありと踏んだフロイトたちは彼女の見る夢と過去との繋がりを探っていくのだが、――という話。
謎めいた夢売りの正体とその隠された動機を謎としたミステリタッチでグイグイと物語を進めていった前作に比較すると、本作はややおとなしめ。『邪神』を動とすれば、こちらは静というべき雰囲気ながら、その悪夢をデータ解析によって映像化したことから、彼女じしんが子供を殺してしまったというトラウマには奇妙な錯誤があることを突き止めたフロイトたち。その悪夢の舞台がリアルに存在する場所と特定したことで、物語は次第に盛り上がりを見せて行きます。
再現した映像から導き出される矛盾が謎を呼び、そこから「夢売り」にトラウマの種子を植え付けた真打ちの「邪神」とでもいうべき人物の正体が姿を見せるのですが、その人物の病の背景にも悲哀がある。このあたりの、真摯に人間の弱さと向き合い、それを哀しき逸話へと消化させる作者の筆致が素晴らしい。
『夢探偵フロイト』のシリーズではド派手な捕り物も展開も希薄なため、一見すると地味に感じられるものの、個人的にはかなり引き込まれました。そして「夢売り」がフロイトのところを訪ねてきて自分の居場所が奪われるかもしれないという、埒もない脅迫観念にとらわれるヒロインと、不安から病へと堕ちてしまった真打ちの「邪神」の心情とが精妙に響き合う後半の展開も秀逸です。
本作では前作登場の「夢売り」の謎が大きな比重を占めているため、やはり『邪神が売る殺意』を読了しておいた方が𠮷でしょう。また就職も決まり、フロイトのもとを離れるときが迫っているヒロインと、フロイトやヲタ森との関係はどう変化していくのか。さらに前作から登場し、本作の謎解きによってトラウマから脱した「夢売り」は今後、フロイトたちの仲間に加わるのか、――などなど今後の展開が大いに気になるところではあります。