問題作。『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞した作者の第二作。『法廷遊戯』が過去と現在を織り交ぜながらも、少ない登場人物にフォーカスして直線的に話を展開させていたのに比較すると、本作はやや込み入っていて散漫な印象――ではあるものの、“真犯人”が絡んだ事件の構図の全体像を最後に見せる外連を考えれば、この構成しかなかったかなァ、とも思えてくる。そんな作品。
物語は、正義感イッパイの家庭裁判所調査官が主人公で、フォックス事件なる未成年の犯した猟奇犯罪事件の当事者たちが、再び犯罪の悪意に巻き込まれていく。調査官の主人公は一目置いている美人主任調査官とともに、現在と過去の事件の真相を探っていくのだが、――という話。
主人公視点から話をまとめるとこんな感じですが、実をいうと、物語の結構としては、正義感溢れる調査官の視点と、過去のフォックス事件の当事者であり、現在進行形の女子高生連続髪切り事件の当事者でもある少年少女の視点が現在過去も絡めて錯綜しながら展開していくため、前半はやや戸惑うことしきり。そしてタイトルにもある不可逆少年なる言葉の真意が明かされると、過去の事件の犯人は真性のキ印であることが暴露され、そんな悪意なき悪意を持ったキ印に振り回される少年少女たちのトラウマと苦悩を克服する物語なのかなァ、……と眺めていると、髪切り事件をきっかけに死体が見つかり、ややイメージとは違った流れを見せて行きます。
少年少女たちも犯罪の被害者であり、かつまた当事者でもあったことを鑑みれば、十分に可哀想ではあるのですが、何しろ登場人物これみなトラウマを抱えた者ばかり。家族に犯罪の当事者がいると未来もまたトンデモないことになる、という恐怖はホラー級ながら、後半では主人公の筈の熱血調査官までもが少年少女たちと同じトラウマを抱えていたことが明らかにされると、もう完全にお腹イッパイ。
こうしたトラウマ者たちとは完全に距離を置いて超然と佇む美人主任調査官が、存外にマトモかというと、こちらもまた、これはこれで問題ありまくりのマッドサイエンティストの素質を備えた曲者という趣向で、最初から最後まで登場人家たちに対する感情移入を拒ませる布陣には賛否両論あるカモしれません。
一方、髪切り事件の構図から繙かれる、過去の事件の真犯人も交えた構図の見せ方は秀逸で、ライブ配信されたフォックス事件の様態に見え隠れしていた違和感の正体がひとつひとつ明かされていくロジックは本作の見所のひとつでしょう。しかしここまでロジックを駆使して真犯人に厳然たる事実を突きつけても、何しろ登場人物これ皆キ印という趣向ゆえ、熱血主人公は「恵まれた環境で生きてきたくせに」「知ったふうなことを言」うなと犯人に噛みつかれた挙げ句、主人公が自らのトラウマを吐露すれば、「偉そうに説教できる立場の大人に言われても、不幸自慢にしか聞こえません」と、読者の声を代弁するかのような反論を犯人が見せるという展開には頭がグルグルしてしまいます。
しかしそんな口答えにもめげず、自らを奮い立たせて、最後の一言を口にする主人公に読者は共感する、――はずが、個人的にはこの主人公の最後の一言に対しては「それって単なる詭弁ですよね?」という真犯人の声が頭にグワングワンと響いてきてちょっとアレ(爆)。
個人的には『法廷遊戯』ほどノれなかったものの、トラウマを抱えながらも固い信念を持った主人公を斜め上からねっとりした視線で眺めるのではなく、ごくごくストレートに見ることができるスマートな読者であれば、愉しめるのではないでしょうか。自分のようなひねくれた心の持ち主については取り扱い注意、ということで。