ひとんち 澤村伊智短編集 / 澤村 伊智

偏愛。『比嘉姉妹シリーズ』の『ずうのめ人形』が面白かったので、短編集であるこちらも手に取ってみました。噂に違わぬミステリ達者ぶりながら、読む側のマニア度で評価が分かれるような気がします。このあたりについては後述。

収録作は、バイト先で知り合った旧友と再会した女友達との会話が違和感を醸し出し、おぞましき真相が明かされる「ひとんち」、薙刀を手にした婆に追いかけられる悪夢がクラスメートに伝播していく「夢の行き先」、キ印の母から虐待されている娘を救おうとする臨時教員の行く末「闇の花園」、広告映像に映り込んでいた死体映像の顛末「ありふれた映像」、編集室にいる手荒れ男にまつわる狂気の論理がおそるべき転倒を迎える「宮本くんの手」、食玩の背景に深入りした男たちの奇妙な体験とは「シュマシラ」、知り合いからヤバいブツを押しつけられた男の不可解な体験「死神」、合宿から家に帰ってきた僕を迎え入れた奈落とは「ぼくんち」の八編。

ストレートなホラーというよりは、一昔前の怪奇小説めいたお話や、ミステリの技巧をフル活用した逸品ばかりで、なかでも個人的なお気に入りは、「闇の花園」、「宮本くんの手」、「ぼくんち」あたりでしょうか。

「ひとんち」は、女たちの会話から醸し出される違和感がポイントで、ある言葉に関する意味合いが微妙にずれていることに気がつくと、そこから会話の端々に感じられた奇妙さを伏線として、ことの真相が明かされるという一編。女の視点から見た不気味さをイッパイにした真相も素敵なら、何気ない会話から徐々に違和感が積み上がっていく展開も素晴らしい。ただ、実をいうと「こういうオチだろうなぁ……」と予想していたらその通りだったことはナイショです。

ミステリ的な技巧という点では、「宮本くんの手」も作者のミステリ巧者ぶりが冴え渡った一編で、皮膚かぶれがひどい宮本くんの手にまつわるお話。とある出来事と我がことを結びつけてしまう宮本くんの狂気の論理が転じて、最後にはあるところに帰結するのですが、このロジックの泡坂っぽいところが二重丸。しかしながら、これ「ひとんち」と同様、「こういうオチかなあ……」と思ってたらその通りだったところはやや苦笑。

この二編ともに、ストレートなホラーだけを読んでいるマニアであれば没問題なのですが、ミステリを読み慣れた読者であれば、その結末を容易に先読みできてしまうところは評価の分かれるところカモしれません。例えば綾辻行人の名作「再生」のような、――とでもいえばいいか。「再生」は予想もつかなかった転倒からおぞましくも哀しい幕引きへと雪崩れ込む大傑作でしたが、あの名作のような、ミステリ的な転倒が恐怖を喚起する物語をご所望の読者であれば、上の二編はかなり気に入るのではないでしょうか(ただし、先読みは厳禁ということで)。

「闇の花園」もそうしたミステリの技巧を活かした逆転が冴え渡る一編ながら、仰々しい文体で書かれたゴシック文字の文章と、臨時教師の視点で書かれた家族の視点の重なりを巧妙な誤導として、あるものの正体を隠した技法が面白い。とはいえコレも自分は無駄な先読みをしてしまい、その通りの結末だったのだケド、というのはナイショです。

個人的に一番ゾーッとなったのは、最後の「ぼくんち」で、渋滞に巻き込まれて合宿からの帰りが遅くなってしまった僕が、自宅で体験した出来事を綴ったもの。母親が残したメッセージに様々な解釈を添えて、語り手の僕だけでなく、読者をも不安へ引きずり込んでいく趣向が素晴らしい。ミステリでいう死に際の伝言めく技法ながら、こちらは僕が現場で見つけた違和感を積み重ねていくことで読者の不安を増幅させ、物語を厭な方、厭な方へと誘導していく展開がとてもイイ。

最後のオチも含めて、なんとなく往年の――筒井康隆、小松左京、半村良あたりの短編集に収録されていそうな作風が冴えていて、ホラーというより別のジャンルへと突き抜けて呆然となるラストといい、なんともな読後感を残して幕とする構成も印象的。

作者のミステリ達者ぶりが堪能できるホラー短編集ということで、強くオススメできるのではないでしょうか。

ずうのめ人形 比嘉姉妹シリーズ / 澤村伊智