成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その7

前回のエントリである「成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その6」の続きで、御大の講演については今回でおしまいです。

GXR + MOUNT A12 with CONTAX T* Makro-Planar 2,8/60c, ISO3200, f2.8, SS 1/100
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島田: まあ、ともかくそういう磁気波ですけれども、ではこの強力な脳刺激の磁気波を、これを背外側前頭前野に当てて鬱病を治せるのであれば、先ほど申し上げた心霊体験の脳ですね、こういう場所――まだ場所は突き止めはいない、特定されてはいないんですが――こういう場所にこの磁気の波を当てたらどういうふうになるんだろうか、という想像はやはり湧いてきますですね。

将来はこういうことが考えられたり、実験がされたりするような時代になるかもしれませんが、もしここに、幽霊の動画というものが収納されているのであれば……たとえば一生涯をともにしようと考えていた大事な大事な配偶者を亡くしてしまったような女性、そして鬱病に沈んでいる……こういう人に鬱病の治療をすると同時に、こういう人のその溝に磁気波を当てたら、失ったばかりの大事な彼の動画が、幽霊として眼の前に現れてくるんではないか。少なくともその可能性は高いんじゃないか、という想像が成り立つわけです。

それが私は以前から幻肢という物語を構想していました。これが先ほど申しましたように、ヴァン・ダイン流儀というものが行き詰まっており、ポーの原点に戻った方がよいのではないかという考えを持っていたものですから、ポーの幽霊と精神科学による解体、その流れを正統に次ぐもの、21世紀に正統に次ぐもの、という発想じゃないか、少なくともその入口になるんじゃないか、ということを考えてこれらを、こういう物語を構想していたわけですね。

で、ある日、プロデューサーから電話がかかってきまして、藤井道人という、非常に有能な若い映画監督がいるんだけれど、この人を世に出したい。そして吉木遼君という、これも有能な俳優さんですけれども、この二人を世に出していきたい。ですからなにか面白い物語を急いで書いてくれないかということを言われました。このとき十月ぐらいで、もう十二月には彼らの体を拘束して……彼らは待っていますから、もう時間がなかったわけですね。

SONY DSC-RX1, ISO3200, f4 ,SS1/80
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それで私はこの『幻肢』のストーリーを思いだして、彼の前で口で語ったわけですが、彼は気に入ってくれて、ああ、それはいいですね、ということになり、それで……二週間後かな、来てくれる藤井道人監督と佐倉プロデューサーの前で、物語を口で、口頭でお話をしました。そうすると藤井さんがそれをプロットにまとめてくれて、添付ファイルでこちらに送ってくれた。で、私はそれを四倍くらいに引き延ばして彼に戻したんですね。そして脚本の冒頭文、映画では佐野史郎さんがやってくださっている幻肢とはなんであるかの講義の部分、の台詞を書きました。で、それを送ったら、監督がそれを最後まで延長して、仕上げてくれました。そして脚本は完成をし、で、十二月になって井の頭公園や吉祥寺の町で撮影に入ったわけですね。

しかし私の方はまだ小説が一行も出来ていない、という状態でした。で、ときどきそれを見学に行ったりしながら、彼の仕上げた活字化した脚本というものを見ながらノベライズしていったわけです。しかしノベライズする過程においてですね、これはあまりにも簡単ですから、創作者は楽しちゃいかんな、とも思いましたし、それから考えたことは、映画は女優さんがおやりになるんですから、幽霊は女性の方が絵になるだろうと思いました。

しかし小説の方では、交通事故があったらしい、そして病院に担ぎ込まれてくる、そして自分には彼氏がいたらしいんだが、姿を現さない。死んだではあるまいか、もしかして自分が殺したような形になってはいないか、そういう不安から心因性の鬱に傾斜していって治療を受けるのだけれども、非常にパニックになって泣き叫んだり、自殺未遂をしたり――そういうパニックの状況、これは女性のほうが自然であり、強烈であり、かつ美しいんじゃないか、というような想像をしたわけです。

で、これは男女を入れ替えてみたらどうだろう、という実験をしてみることにしました。ええ、脚本が先にありましたから――男性視点で書かれているわけですが、小説はその後書いたものですから、女性に入れ替えてみたわけですね。病院に運び込まれて悩んで苦しむのが女性という立場にしてみた。で、これをやってみて、なにが齟齬が現れたらも元の男性視点に戻そうと思っていましたが、格別齟齬は現れず、非常に上手く着地まで進んでしまいました。それで、小説はこれで提出しようと、そういうことにしたわけですね。

ですから、まあ、興味がもしおありの方は小説と映画両方観ていただいて、そうしますと私が考えたことや、この物語の意味というものをより判っていただけるんじゃないかなということを思います。そして作家志望の方は、ポー型ね、21世紀のポー型の本格ミステリというものを考えていただくことは有効だと思うし、幻肢というものはその非常に有効な入口になるであろうねということを私は思いますので、作家志望の方は是非見ていただきたいと思います。えー、時間が来ましたので、私の話はこれで終わります。どうもご清聴ありがとうございました。

  1. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その1
  2. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その2
  3. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その3
  4. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その4
  5. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その5
  6. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その6
  7. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その7