成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その8

前回のエントリまでの講演に続き、ここからは、第二部の太田晋、佐藤光重両氏を交えての鼎談部分のテープ起こしになります。冒頭、佐藤氏の話し始めの部分は録音しておくのを失念してしまい切れてしまっているのですが、この部分も含めて、後日、校正する予定です。

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佐藤:…… まずはですね、実はこの企画はですね……文芸学部60周年ということで組んだんですけれども、実は法学部から太田先生をお呼びしたんですね。実は、太田先生が大変な島田ファンであり……ですね、ほとんどの原本に目を通されているということをうかがって、これは是非とも色々とお力添えをいただきたいということで……そこでさっそく太田先生からですね、いくつか島田先生への質問などをお願いしたいと思います。

太田: えーと、ありがとうございます、太田と申します。こう、チラチラッと客席の方に目をやりますと、わりと見知った学生の顔がちらほらあったりするわけですね。何か「アタック25」に出ているようで大変緊張しておりまして……で、わりとかみかみなんですけど……あの……変なこと言うと思いますので、よろしくお願いします。

いま佐藤先生からご紹介がありましたが、見苦しいエクキューズだけさせてください。私は特にミステリマニアというわけではなく、ミステリに関してさしたる知識はありません。かといって、ポーの専門家というわけでもないんですね……本当に、たんに島田先生のファンだということだけでここにお呼びいただいた……まあ、雑魚キャラみたいなもんだと思ってください。今日は本当にアマチュアというか、アマチュア・アカデミシャンというか、そういう感じでお話をうかがいたいと思いますんで……時おり変なことをいうと思いますが、詳しい皆様からの容赦ないツッコミ等は歓迎いたしますので、どうぞよろしくお願いします。

で、話が詰まって困り果てましたら、私とこの佐藤先生……あと、成城大学の教員有志で、SHD——”成城・ハロゥウイン・ダンサーズ”というのを結成してですね、とりあえず踊って誤魔化そうと、そういう悪辣な企みを抱いておりますので、まあ、生温い眼で見守ってやってください。

まずは先ほどの講演ですが、非常に密度の濃い、しかも流暢な講演で、たいへん興味深く聴かせていただきました。僭越ながら簡単な補足としてお話しさせていただきますと、これは学生に向けた復習というような感じになってしまうんですが、先ほどのお話にもありましたように、最初の本格ミステリというのは、1841年にポーが発表した『モルグ街の殺人』なわけです。しかしポー自身のキャリアの最初というのは、”MS. Found in a Bottle” えーと、「ビンのなかに発見された手記」——この1833年に発表された「ビンのなかに発見された手記」というのが、ポーのキャリアの出発点ということになるわけです。

それはタイトルが示すように、海辺に流れ着いたビンの中に手記が入っていて、そこに驚くべき事が書いてあったという、そういう作品がポーの出発点なんですね。一方、いわゆる新本格というムーヴメントもまた、ある意味で海辺に流れ着いた、ビンの中のメモから始まるといってもいい。要するにこれは、ネタバレ回避でぼかした言い方をすれば、この次の次の会でご登壇いただく綾辻行人さんの作品、新本格の始まりを告げた有名な作品の、ある重要なシーンのことを語っているわけですけれども……まあ、その意味で新本格ミステリもまた、ビンの中のメッセージを拾い上げることから始まったといえます。そしてその綾辻さんの作品の中でメッセージを拾うというか、手渡されることになるのが、探偵役の島田潔という人ですけれども——いうまでもなく、その綾辻さんの探偵役、島田潔さんというのは、こちらの島田荘司さんとその名探偵御手洗潔さんを元にした、まあ、そういう存在なわけです。

つまり何が言いたいかと申しますと、島田先生という方はまさしくポーに始まる本格ミステリと、綾辻さんに始まる新本格ミステリ、その二つを繋ぐもっとも重要なリンクというべき存在だということを、ちょっと申し上げておきたかったということです。先ほどのお話では、おそらく謙遜なさってということなんでしょうけれども、日本のミステリ史を語られる中で、ご自身のお名前には簡単に触れられただけでした。なので、そこを補う意味で少しだけ語らせていただいたわけです。ですので、今日のお話というのも、本格のメッセージが込められたビンをあらためて海に投げ入れる、そんな投壜通信を目の当たりにしているような気持ちで拝聴しておりました。

そこで質問に入らせていただきたいのですが、……先ほどの講演にもありましたように、島田先生は一貫してポーやドイルを重視してこられたと思います。これは当たり前のようでいて、実際には際立ったポジションだと思うんですね。なぜかと申しますと、これも先ほどお話にありましたように、新本格に限らず多くのミステリ作家というのは、主としていわゆる黄金期の本格の作家たちに範を仰ぐ、そういうケースが多いように思うからです。

これも復習というか、学生向きのおさらいということになってしまうわけですけれども、ポーという人は19世紀の前半、日本で言えば江戸時代に活動した人ですね。それを受けたコナン・ドイルという人は、ホームズのシリーズを書いたわけですけれども、その活動は19世紀の後半から20世紀初頭、日本で言えば明治大正の時期に当たります。このポーやドイルを受けて、いわゆる黄金期本格の時代が、つまり20世紀の20年代、30年代、40年代くらいに、クリスティがいてカーがいて、クイーンがいて……という百花繚乱の時代がやってくる。

およそそういう流れになっているわけですが、多くの作家たちがまさにその黄金期、20世紀前半の作家たちに範を仰いでいる一方で、島田先生はむしろそのひとつ前の時代の作家たち、19世紀の作家たちに、より強く惹かれておられるように見えます。この答えも先ほどの講演でかなり明らかになっているとは思うんですが、島田先生ご自身がそのような黄金期よりも一時期前のパイオニアたちに惹かれる理由というのを、お聞かせいただければと思います。

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島田: ありがとうございました。いま、過分なお言葉、まずいただきました。太田先生が私のファンだったとおっしゃってくださいましたが、私は太田先生のファンで、太田先生は大変な才能を持っていらっしゃいます。もう日常で何度もお会いをして、この人の才気というものを何度も経験いたしました。確実に、ミステリが書ける人であり、まあ、小説が……という意味かもしれませんが、そう遠くない将来、是非書いていただきたいと思っています。よろしくお願いいたします。よろしいですか?

太田:
いえその……努力いたします。

島田:
いまの、そのご質問ですけれども、やはり私は先ほどお話しをした中でも申し上げましたが、科学というもの――信奉心ということ――に惹かれるわけです。それから司法ということですね。冤罪救済をやってきて、弁護士さんたちとのつきき合いが深まっていくにつれて、審理のゲームとしての、その法廷の審理のありよう、論戦のありようということにも惹かれました。まだ不完全なものでもあるんですが、その部分にも惹かれました。で、私はそのときに考えたのは、やはり論文を書くのが好きなんだな、という……論文的な文章を書くのが好きなんだな、ということ。本格のミステリというのは半分論文的な要素があり、そして本格のミステリです。つまりヴァン・ダイン型のゲームではなくて、本格のミステリ。このミステリというのはポーが、彼の以前の時代からその由来を語る言葉であろうと思うんですが、ミステリ――つまり神秘的な現象、事象を表現した文章群である。こういうミステリと言う言葉を本格という言葉が論文を象徴しているように思われて、この両者が結合したハイブリット的な文学、文芸である、そういうありように惹かれたわけですね。

ですから論文から連想をした、というかな――論文を導いてくるもの、それは論理思考、法廷の審理にも共通するものがあります。そして何よりも科学ですね。科学を用いた合理的な推論、科学的な思考ですね。こういうものがもっとも好きであった、かもしれない。密室とか、探偵の言動とかいうよりも、それが好きであったかもしれませんですね。それを説明するものとして、結果として名探偵的な人物というものが出てきますけれども、そういう意味で、ポーやドイルに惹かれたんだろうと思う。

そしてこれを表現する風変わりな探偵としての――つまりシャーロック・ホームズ型の、あるいはデュパンのような型の人物、特にホームズかな……彼はもう起爆剤のようなところがありまして、きわめて論理思考の強い人間にも結びつくかも知れないが――私、最近好きで見ている『名探偵モンク』っていう、ドラマがあります。アメリカ産の、ああいったユーモアにも弾けかねないような資質を彼は持っていますですね。――というような順番で惹かれていった。

だから私、ホームズものは、ちょうどビートルを聴くようにもう何度も何度も読んで、ちょっと今は忘れましたが、例えばもう、私はビートルズはもう一時は四小節聴いたら、誰がつくり、誰が唄っており、どういう状況で、どんな楽器を弾いてつくったか、全部判るくらいでした。ホームズものも同じで、冒頭の一段落読めば、これがなんで、どういう話で、どういう内容であるか言えたんじゃないか、と思うくらい読みました。つまり私はホームズだけで良いようなところがあったんですね。もちろんエラリー・クイーンも読みました。ディクスン・カーも読みましたが、ホームズでいい、というくらい傾倒した。それがそういう最新科学への信奉と、それを説明する科学者としての風変わりなへんてこなホームズという人の性格ですね――これに強く惹かれた、ということだったから、と思うんです(「成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その9」に続く)。

[追記: 2015/04/30] 太田先生の発言部分を校正いただいた内容に差し替えました。

  1. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その1
  2. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その2
  3. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その3
  4. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その4
  5. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その5
  6. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その6
  7. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その7
  8. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その8
  9. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その9
  10. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その10
  11. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その11