黃 / 雷鈞

黃 / 雷鈞傑作。この作品のあらすじについても、前回の『H.A.』や前々回に紹介した『熱層之密室』と同様、以前のエントリである「皇冠のサイトに公開された第四回噶瑪蘭島田荘司推理小説賞入選作『黄』のあらすじと解説」に眼を通していただくとして、――三作中、個人的には一番好みだった作品がコレ。皇冠に掲載されている作品紹介では他に比較してさらっとその内容が述べてあるのみで、これだけを読んでも本作の核心的な仕掛けについてはよく判らない、というのが正直なところなわけですが、要するに”そういう”作品だということは話してしまっても大きなネタバレにはならないでしょう。

本作では、現実に大陸で発生した事件が大きく取り上げられ、主人公はこの事件の存在を知ったことをきっかけに故郷へ赴くことを決意するわけですが、自らが探偵となって事件の謎解きをしていくうちにある真相を知ることになり、――というのが大枠の結構です。現実の事件の謎解き”そのもの”は、まあ、そういうこともあるかな、というくらいで大きな驚きはないのですが、それ以上にこの謎解きを前面に押し出した構成であるこそ決して気に掛けることもなかったある真相が明かされる後半部には、まったくの無防備であったため相当に驚いてしまいました。とはいえ、本作の真相はただ読者を驚かせるためだけではなく、その真相の背景には登場人物のしっかりとした人間ドラマが存在しているところが素晴らしい。謎解きという探偵的行為の過程に件の真相を巧みに隠蔽しながらも、探偵という立場からその真相を解き明かしていくことによって、本作は上質の本格ミステリーでありながら同時に極上の教養小説たりえているという趣向も秀逸です。まさに本格ミステリーだからこそ描き得る人間ドラマがこの作品には感じられます。

また本作では、眼が見えない主人公の視点から物語が語られていくのですが、視覚以外のすべての感覚器官を駆使して語られる描写も堂に入っており、その視点があるからこそこの真相を隠蔽し得るとともに、謎解きのプロセスにおいてはそれが巧みな複線であったことが明かされる構成も素晴らしい。

本格ミステリーの仕掛けからこの作品について語れることがあるとすれば、本作の趣向そのものは、この作品に相通じるものがあるような気がするのですが、いかがでしょう。この作品の仕掛けについては刊行当時、アレだ、いや違うだろと議論になったものですが、本作もまたアレでありながら厳密に分類すればアレではない、……アレだあれだとモヤモヤした言葉でしか語れないところが相当にもどかしいわけですが(爆)、そのあたりは皆さんの想像におまかせするとして、日本人、――それもガチガチな本格ミステリーファンならずともかなり満足できる趣向であることは間違いありません。またこの真相についてもアレ系で大ベストセラーとなった作者の近作となる連作短編集の一部に先例があり、また古くは某ハードボイルド作家の作品にも同じようなものがあったように記憶しているのですが、日本の作家のアレは純粋にアレだったのに対してこちらはアレではない、――真相は同じでありながらその仕掛けと趣向は大きく異なるゆえ、良作の違いについて様々な角度からその効果について論じてみるのも一興でしょう。

この仕掛けとともに感心したのが、この物語の舞台設定でしょうか。大陸で生まれ、孤児となった主人公がドイツの養父母のもとにもらわれていく、――大陸というのは作者の出自を考えれば納得ながら、敢えて主人公の行き先をアメリカでもイギリスでもまたフランスでもなく、ドイツとしたこと、――ここ最近の移民問題に揺れるヨーロッパの中でも、ことさら移民に寛容な態度を見せる一方で、難民施設を放火したりという相矛盾する行動に、先の大戦に敢行した人類史上かつてない民族浄化のトラウマを感じてしまうのは自分だけではないかと思うのですが……そうしたかの国をもう一つの舞台に選んでみせたのは果たして作者の素晴らしい慧眼によるものなのか、それとも単なる偶然に過ぎないのか。あくまで個人的な印象ではありますが、この仕掛けはアメリカではまず成立せず、またフランスやイギリスでも難しかったような気がします。多くを語ることはできませんが、これがまた本格ミステリー史を繙き、過去から現在までの直線上に本作を据えた瞬間浮かび上がる”あること”、――これもまた作者ならではの皮肉を込めたユーモアなのか、それとも偶然なのか。このあたりは是非とも作者に尋ねて確かめてみたいところではあります。

……こうして三作の感想をざっと挙げてみましたが、受賞作の発表は今週の土曜日。最後の最期まで悩み抜いたという御大が選んだのはいったいどの作品なのか――受賞作の発表の後、またその様子を本作に挙げたいと思います。お楽しみに。

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