フリー! / 岡部えつ

フリー!  / 岡部えつ痛快な一冊。今回もまた怪談ではなく、『残花繚乱』の系譜に連なる普通小説であるところが処女作からのファンとしてはちょっと残念なところではあるものの、それはそれとして本作、個人的にはかなり愉しむことができました。

物語は、限りなくブラックな広告会社で働く三十路後半の独身女子が、とあるバーで知り合った人たちとの交流を続けていくうち、自分らしい生き方を見出していく、――という話。

内省的な『パパ』から作風を明快にポシティブな方向へと振りきった本作は、群像劇めいた構成によって複数の登場人物たちの心情と生き様とを明らかにしていった『残花繚乱』とも異なり、その結構はかなりストレート。物語は全編を通して主人公である三十路後半の独身女の視点から描かれてい、その点ではかなり同世代女子向けの物語であるように感じられました。とはいえ、彼女の主観的な視点も交えて、バーで知りあった女性たちや、未だに忘れることができずにたびたび追想することになる歳の離れた元カレの逸話などを織り交ぜて展開される物語は、大仰な事件を仕掛けることもなく、ある種かなり醒めた筆致で描かれているところが特徴的。前半、職場恋愛のカレシとのだらけた関係の描写に、追憶だからこそ美しく見栄えする過去の恋愛とを織り交ぜて描き出す構成は、初期作品の怪談でもお馴染みの手法ともいえ、このあたりはさすがに堂に入った感じで素晴らしい。

ヒロインが感情的な行動によって会社を辞めてからの奮戦記も、普通の小説であれば、一つ一つの逸話に事件性をもたせて緩急のいわば急所として描き出すのが定石ではあるものの、そうしたドラマチックな作風を敢えて忌避することでヒロインの主観的な視点と行動にある種の醒めた雰囲気をもたせているところなどは、篠田節子を彷彿とさせます。『パパ』にしろ、本作にしろ、岡部女史は出自が怪談作家らしくこじんまりとした物語を紡ぐ印象が未だにあるのですが、こうした篠田節子にも通じる個性によっていつかはSFや伝奇小説めいた物語も書いてくれないかなァ、――なんて期待しまうのは自分だけでしょうか。

個人的に登場人物で惹かれたのは聖子で、彼女の恋愛観などもろもろ含めて、篠田節子の傑作短編「夜のジンファンデル」を思い出してしまったのは、……おそらく自分だけでしょう(爆)。彼女の恋の結末をあからさまに描くことなく、ヒロインのささやかな気づきからそれを推理させ、読者の想像に委ねた趣向も心憎い。ヒロインの奮戦実って、ハッピーエンドが見事に決まる外連味のないストレートな幕引きは痛快にして心地よく、岡部女史の作品の中ではもっとも普通に愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。また、なんとなーくドラマ化を射程に据えた物語のような気もします。

――で、冒頭にもさらりと述べた通り、処女作の怪談で岡部ワールドの魅力を知ることになった自分のようなファンにとってはやや寂しい感じの本作なのですが、岡部女史の怪談をご所望の方には、「小説推理」五月号に掲載された「ドニゴールの記憶」が超オススメ。昔の男の追想が怪異を引き寄せる趣向はまさに岡部怪談の真骨頂、それを「メモリィ」にも通じるモチーフを交えて薄気味悪い女の情念と怖さを描ききったという、まさに岡部怪談の醍醐味を堪能できる一篇に仕上がっています。まだ未読の方は是非ともこちらを手に取って怪談の渇きを癒やし、女史の手になる怪談長編を期して待つことにいたしましょう。