現時点におけるシリーズ最高傑作ではないかと。恐怖度は薄く、怪異の背景にある隠された物語も今回はどちらかというと哀切溢れる癒やし系ゆえ、怖いのは嫌いダイ、という怖がりの読者にも安心して愉しめる一冊に仕上がっています。
物語は、地滑りで現れた人柱の骸骨の正体と、そこからほど近い場所にある枝垂れ桜のそばで現れる老婆の幽霊とは何なのか、――という話。今回は章題からふるっていて、「其の一 怨念の鎖 仙龍を縛る」「其の二 小林教授 祟られる」「其の三 仙龍 死霊を背負う」「其の五 春菜 死霊を憑かれる」といったふうに、ヒロインをはじめとする主要登場人物がおしなべて危機一髪に陥る感じで、次々と祟りに触れてしまう、――というハラハラドキドキの展開が二重丸。そうなると怪異として出現するものの怨念が相当に深いものではないかと思われるも、これが予想に反して悲恋を絡めた哀切溢れるものであるところが意想外。そしてあるものたちの「思い」がその裏にあり、その「思い」をヒロインの仙龍に対する「思い」に重ねた魂呼びをするクライマックスが素晴らしい。
その土地に伝わる人柱の逸話を仙龍たちが繙いていく推理の展開はいつも通りながら、今回は出現する怪異がなぜ人柱となった僧ではなく老婆なのか、そして老婆はなぜ通りがかりの人物を頼って寺まで行く途中で消えてしまうのか、さらにその老婆はなぜ重くなるのか、などなど、怪異の様態に様々な謎を鏤めて、逸話の背後に隠されていた悲恋と人柱となった僧侶の哀しき思いを解き明かしていきます。過去を掘り下げていきながらも、逸話として伝えられた来た「物語」そのものが大きな反転を見せることはないものの、その背後の真相が明かされることでより深みが強化され、それをこのシリーズならではの魂呼びのシーンへと繋げていく構成が秀逸です。
そしてシリーズ最高ともいえる曳家のシーンの美しさは特筆もので、地滑りという自然現象に抗うことのできなかった桜憑きの魍魎が最後に見せつけた奇蹟的な怪異に注目でしょう。さらにはいままでモジモジしていたヒロインがサニワとして仙龍を救おうと決意するエピローグも微笑ましい。ヒロインのサニワへの成長譚として見れば、本作はまさにターニングポイントといえるカモしれません。そうなるともちろん仙龍との恋の結末も俄然気になってくるわけですが、サニワとして覚醒を始めたかに見えるヒロインが、今回の事件をきっかけに見出した仙龍救出のヒントを伏線として次作がどう展開されていくのか大いに気になるところです。
もちろんシリーズ最初の『鬼の蔵』から読み始めるのがベストではありますが、とりあえず登場人物たちの説明も物語冒頭でサラッとしてあるので、本シリーズは初めてという読者でも、このシリーズの魅力を十二分に堪能できるかと思います。超オススメ。
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