日本・台湾・香港の作家たちが集ったリレー小説『筷:怪談競演奇物語 / 三津田信三、薛西斯、夜透紫、瀟湘神、陳浩基』に収録されている「珊瑚之骨」の探偵・海鱗子の活躍をコミック化。買う前にあまりよく調べず小説だと思って手に取ったところでようやく漫画だった、と気がついたのはナイショです(爆)。
探偵・海鱗子が探偵役を務めるものの、「珊瑚之骨」を知らずとも十二分に愉しめる逸品で、収録作は、変死体に施された宗教的装飾に現代台湾の今日的な社会問題を重ねて「宗教殺人事件」の謎解きを不可知論探偵が魅せる「捨身羅漢篇」に、子供が公園に埋葬した鳥の死体の所在を巡って探偵の推理が冴える番外編「北十字星」の全二編。
本のタイトルにも示されている「捨身羅漢篇」は、心霊スポットとなっている廃廟や公園で発見された変死体を巡る物語。ヤングカップルが心霊スポットになっていそうな廃廟を覗き込むと野良犬に喰われている変死体を発見、という外連味溢れる冒頭から、探偵・海鱗子とコンビを組む警官の二人が心霊現象の続発する部屋を訪れるシーンへの切り替えもスムーズで、そこから「珊瑚之骨」でも見られたホームズ的推理を披露して探偵の印象を引き立てる展開も秀逸です。
「珊瑚之骨」もそうでしたが、心霊関連の謎を解くといっても実を言うと海鱗子の推理は実直路線で大きな飛躍はありません。むしろささやかな気づきを起点として、事件を解明していくという風格で、本作ではむしろこの事件が解決したエピローグであっと驚く真相が明かされる構成が素晴らしい。事件そのものの真相については、日本にもありがちな社会的問題(ホームレスや介護問題など)がその背景にあるものの、犯人が犯行を決して縋るものや、最後の最後に開陳される心霊的要素を交えた真実などに、日本や西欧の固定観念を超えた趣向が用意されているところが台湾ミステリとしての魅力でしょう。
番外編の「北十字星」は、ジュブナイル的な風格が際だつ好編で、死んでしまった鳥を公園のどこかに埋葬したものの、その場所を忘れてしまったボーイにかわって探偵・海鱗子がそれを見つけるというもの。ここでも日常のなかに埋没した些細な気づきを起点として、ボーイが埋葬した場所に目印として立てていた十字架の消失などの謎が精緻に繙かれていくロジックが心地よい。そして「珊瑚之骨」を読んでいる読者であれば、初めて死というものを体験したボーイに対して海鱗子が”あるもの”を手渡すシーンにぐっとくるのではないでしょうか(個人的にはここが一番好きなシーン)。
実を言うと「珊瑚之骨」で頭のなかにイメージしていた海鱗子と本作の絵柄の印象がかなり異なるため最初は戸惑ったものの、読了してみればこれはこれでアリかなと思いなおしました(爆)。騙りの技法を添えて海鱗子の背景を解き明かしてみせる「珊瑚之骨」とはままた別の魅力を放つ本作は、それゆえに「珊瑚之骨」を未読の方でも没問題。『不可知論偵探1』とある通りに『2』、『3』と続くことは確実で、シリーズものとしての次作を期待したいと思います。さりげなくオススメ。