非実在探偵小説研究会21号 / 非実在探偵小説研究会

今号のお題競作企画は「変格ミステリ」で、冒頭に「変格ミステリとはどんなモノか」ということが記されています。曰く、「謎解き以外の部分(幻想味や怪奇など)が過剰に表現されたミステリ」、とのこと。謎―ロジック―解決というミステリ的結構から逸脱した怪作や、ロジックのなかに過剰な装飾を極めた逸品などがテンコモリで堪能しました。

収録作は、霊にエロに奇形と情報過剰な山盛りモチーフに、作者ならではの端正な推理とどんでん返しを交えた麻里邑圭人「リサと悪霊」、混在した複数の語り手の情景パズルから浮かび上がる邪悪な殺戮、紫藤はるか「天蓋に至る螺旋」。イソップ童話を借用した悪ふざけに過ぎる筋運びに、作者らしい天然狂気が爆発する幕引きも秀逸な佐倉丸春「沈没した世界の静止点」。

喋る案山子の失踪事件の謎を巡る神崎蒼夜「喋る案山子と女子高生」、異世界で発生したコロシと雪密室のコンボが意想外な反転劇を見せる三田村恵梨子「異世界に雪ふりつむ」、奇書のアレに登場する“あのひと”が体験したであろう事件をゴシック風味溢れる筆致で描ききった超力作にして傑作・根倉野蜜柑「一八七二年、聖リューク療養所」の六編。

「リサと悪霊」は、まず情報量の多さが圧巻で、事件の様態からして、フリークスAVの撮影中に女優の放尿がもとでデンキウナギが発電して感電死とか、とにかく事件の構図が立ち現れるまでにも悪霊だフリークスだのがドワドワッと登場してくる賑やかしがとてもイイ。そしてこれらがすべて有機的な繋がりを見せていく伏線回収に加えて、今回はさりげなく後半にバトルシーンも盛り込んでエンタメを効かせているあたりも素晴らしい。
フリークスに放尿にデンキウナギと変態フレーバーをたっぷり盛った作風でありながら、逸脱や破綻を見せることなく、定石を巧みに組み合わせて端正な推理を見せるあたりに作者の生真面目さが現れているような気がするのですが、いかがでしょう。

「天蓋に至る螺旋」は、過剰さよりも逸脱が過ぎた一編ながら、複数の語り手を混在させて、時間軸と物語世界の規則を徐々に炙り出していく語りの巧みさは作者の真骨頂。ちょっと綾辻行人『Another』や陳浩基『山羊獰笑的刹那』っぽいところもありながら、狂気と邪悪を感じる怪しげな語り手の正体を巡るフーダニットをさりげなく凝らして、後半になだれ込んでいく構成が秀逸です。

「沈没した世界の静止点」は、毎回大期待している作者の一編で、モチーフとしてはイソップ童話のアレなんでしょうけど、天然狂気の弾けるあっけらかんとした明るさが読んでいて落ち着かない(爆)。とある泉の法則を知ったボーイたちがある事件の真相に気がつき、――というところから、この泉の法則を悪用してワルをとっちめてやろうゼ、という展開までは理解できるのですが、この法則を犯行の隠蔽ではなく、ここからまったく別の成果を生み出す悪ふざけぶりには完全に口ポカン。普通、こんなこと思いつきますかッ、という奇才ぶりに加えて、短い枚数に無駄なくこれだけの話をまとめてしまう巧みさが素晴らしい。毎回作者の作品にはその狂気と完成度の高さに驚かされるばかりで、作者の作品を一冊にまとめて、たとえば「ベニテングタケを食べ過ぎてバッドトリップした三橋一夫が書いたとされる、あの未発表原稿がついに刊行!」みたいな惹句をつけてコッソリ売り出してもバレないんじゃないか、というほどの素晴らしさ(絶賛してます)。

「喋る案山子と女子高生」は、収録作中、個人的にはかなり好みな一編で、喋る案山子がいる、という噂を聞きつけた娘っ子たちがその案山子を見に行くものの、くだんの案山子は消えてしまったという。「案山子が喋る」という怪異をなかば事実として受け入れつつも、何となく怪しいなァという感じで失踪した案山子の行方を探していく、――という話。娘っ子たちの怪異に対する立ち位置が、調査を進めていくにつれ微妙な変化していくところが秀逸で、喋る案山子の心情に立ってこそ初めて辿り着ける手掛かりと、昔話フウにあるものの行為が介在して不測の事態が発生してしまった真相など、娘っ子たちの心のなかにあるファンタジーとリアリズムの微妙なゆらぎから解決へと流れていく展開がとても心地よい一編です。

「異世界に雪ふりつむ」は、収録作のなかでは、もっともミステリ的な驚きが際だった一編で、異世界に迷い込んでしまった男と現地人の間に生まれた語り手のもとに、再び異世界から男が迷い込んでくる。そこから悲劇が発生し、語り手を代えて倒叙フウに物語が展開していくのですが、作中の異世界から見れば“向こう側”にある我々読者の先入観を逆手にとって、雪密室が意想外な反転を見せる仕掛けが素晴らしい。

「一八七二年、聖リューク療養所」は、作者渾身の力作で、自分が読んだ作者の作品では、現時点における最高傑作ではないでしょうか。登場人物が降矢木、ディクスビイとあれば、当然想起されるであろう、あの『奇書』から過剰に過ぎる衒学趣味をやや抑えつつ、幽霊に魔術に鏡とゴシック風味を凝らした物語世界がまず二重丸。療養所で発生した鏡にまつわる死亡事件と幽霊騒動に関わった降矢木の受難という大筋に加えて、中盤に挿入された怪談語りがめっぽう良い。岡本綺堂を彷彿とさせる語りの旨さをこうして堪能できるのも、やはり作者の巧みな文体によるものでしょう。『覚え書き』には、「読書力も想像力も文章力も原典には遠く及」ばないと謙遜していますが、トンデモない。法水麟太郎と久我鎮子の長広舌がないぶん、本作の方が遙かに読みやすく、たっぷり愉しめました。
編集後記の作者の言葉によると、収録された本作は「圧縮試作版」であるとのこと。これは勢い込んで完全版を執筆してもらい、そのまま第二部へと突っ走り、『原典』とタイマンをはってもらいたいところ。期待してます。

というわけで、個人的にはとてもトテモ愉しめたのですが、自分が購入したBOOTHのサイトを確認したら、本号はすでに売り切れっぽいのでオススメできず残念至極ではありますが、秋頃刊行予定の22号を愉しみに待ちたいと思います。

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