日下三蔵セレクトによる山田正紀のかなりイカれた短編集。収録作は、雨と『惑星ソラリス』の強烈なイメージとともに幻想と静謐なる死のイメージがまとわりつく「溺れた金魚」、早見純式とでもいうべき、グロテスクな妄想幻想がタップリ詰まった狂気極まる一編「夢はやぶれて (あるリストラの記録より)」、曰くありの宿に逃げ込んだ男の奇妙な顛末「逃げようとして」、不登校児が垣間見た幻影からの逃走を妄想筆致で描いた「エスケープ フロム ア クラスルーム』、交錯する意識の変化を十秒間の出来事に凝縮した実験小説「TEN SECONDS」。
わけありの患者たちがある施設への侵入を試みる冒険劇「わが病、癒えることなく」、“奇妙な獣”とは何なのか、という作中の疑問そのままに、現代思想のような魔力を放つ失敗作「一匹の奇妙な獣」、スタントマンと保険屋の諧謔に満ちた攻防を描く「冒険狂時代」、ファーストフード店の業務フローに社会風刺を絡めた「メタロジカル・バーガー」、文楽の人形遣いが教授に依頼したカオナシ首を巡る奇怪な殺人「フェイス・ゼロ」、人間とアンドロイドの境界をテーマに騙りの技巧を凝らした「火星のコッペリア」、SIDE A「恐怖と幻想」に通じる幻視力が爆発する「魔神ガロン 神に見捨てられた夜」など。
SIDE A「恐怖と幻想」とSIDE B「科学と冒険」に分かれてい、SIDE Aはタイトル通りの幻想ホラーで、SIDE BがSF――とははっきりと言えない個性は作者の真骨頂。短めのSIDE Aはとくに「わけがわからないけど、なんか凄いもの読んじゃったゼイ」という落ち着かない読後感を満喫できる怪作揃い。
SIDE Aにおける個人的なお気に入りは、「溺れた金魚」と「夢はやぶれて (あるリストラの記録より)」でしょうか。「溺れた金魚」は『惑星ソラリス』の印象的な雨のシーン――作中でも言及されるあの強烈なイメージをまといながら、次第に狂気と濃密な死を予感させる展開へしずしずと流れていく構成が素晴らしい。
一方の「夢はやぶれて」は、「これはあなたの夢なのだ」という書き出しから作者らしい胡散臭さが感じられる怪作で、妻からあなたが自殺したのかと思ったと言われた男の、不穏な幻影がもつれていき、前半の飛び降り自殺をした女の死体から立ちのぼる早見純を彷彿とさせるグロ風味が大爆発。「良い子たち」とか「地球に優しい」とか傍点つきで語られる言葉の気色悪さが人称の混乱を引き起こし、混沌としていく展開は期待以上。スカしたシーンも早見純なら、ウォホ! とかいう雄叫びからグロテスクなシーンが畳みかけるように流れていくラストは完全なる狂気。いったいどんなクスリをキメたらこんな物語を書けるのか、いや、キメてたらかくも冷徹にして雄弁な狂気は書けないよなあ、佐倉丸春を除いては、とひとり納得してしまうほどに向こう側にダイブしてしまった逸品です。
SIDE Bは中編が多く、なかでも作者があとがきで失敗作と言っている「一匹の奇妙な獣」は、おそらく大長編に仕上げたらもの凄いものになりそうな予感を孕んだ一編で、個人的にはかなり好み。「メタロジカル・バーガー」は筒井康隆とか半村良の、懐かし風味さえ感じられる社会風刺を交えた作風がピカ一で、情報化社会の歯車と化した人間のありようが安部公房っぽい結末へと収斂していく構成がとてもイイ。
SFミステリという点では、表題作ともいえる「フェイス・ゼロ」が素晴らしい。文楽の人形遣いが、表情工学なる専門分野の教授にある目論見から、人形の首の制作を依頼したことで、殺人が起こり――という話。グロテスクな死体の様態に表情工学なる知見を絡めて明かされる異様な動機と反転は、連城ミステリを彷彿とさせる素晴らしさで魅せてくれます。この反転は、「火星のコッペリア」にも見られるのですが、こちらはさらに巧緻な騙りの技巧を活かした真相開示の手法が素敵で、両編を較べてみるのも一興でしょう。
竹書房からリリースされた文庫で、日下氏の編者ということで、戸川昌子『くらげ色の蜜月』と山村正夫『断頭台/疫病』のシリーズかな、と思ってたのですが、草上仁『キスギショウジ氏の生活と意見』と同様、竹書房文庫『日本SF傑作シリーズ』に続く作品集とのこと。いかにも作者らしい、SF、ミステリ、ホラー、幻想小説の境界を越えた怪作揃いゆえ、上に挙げた戸川昌子と山村正夫の二冊に次に読んでもマッタク違和感なし。奇妙な小説を所望の好事家には、強烈にリコメンドできる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。