兇人邸の殺人 屍人荘の殺人シリーズ / 今村 昌弘

傑作。シリーズ三作目にして、個人的には一番のお気に入りとなりました。物語は、キ印博士が居座る廃墟テーマパーク内の館に、傭兵を従えて探偵娘とワトソン君が乗り込むも、斧を手にした怪物に襲撃されて危機一髪。一夜明けると、館の主人は首切り死体となって発見され、さらには探偵娘が行方不明という絶望的状況に。果たして彼らはこの怪物のいる館を脱出できるのか――という話。

『屍人荘』と同様に、今回は斧を手にした巨大な怪物という“飛び道具”をブチ込んで読者を翻弄してみせる手腕はもうさすがの一言で、閉鎖空間における怪物と殺人鬼という二つの敵を相手に、ワトソン君が奮戦するという構成ながら、中盤には、ある人物の視点を添えて、倒叙フウに犯人と閉じ込められた探偵との緻密な推理を交えた攻防が展開され、ここで「殺人」犯の正体はアッサリと明かされてしまいます。

しかし本作の本番はここからで、コロシと首切りを分割して、後者のフーダニットを緻密なロジックで解き明かしていく流れがとてもイイ。怪物が隠れているエリアと、彼らが閉じ込められているエリアと大きく二つに分けて、怪物の生態から脱出方法と首切りの犯人とを絞り込んでいく趣向が秀逸で、一緒に閉じ込められている犯人にしても目下のところ、ここからの脱出が最優先事項となるのは当然至極。ワトソン君が暴走しかねるところを、探偵娘が「ここでは探偵は無力なんだ」と諫めて、本格ミステリにおける、探偵、ワトソン、犯人との立ち位置に疑義を唱えつつ、共犯関係を隠微に模索する探偵の操りが後半の脱出劇の伏線として機能する仕込みも素晴らしい。

「暴力の怪物」と「知略の怪物」の二人を相手に、ここからの脱出と事件の解明という二つのミッションを、閉じ込められた探偵娘がロジックのみでなしえるのか――ここに様々な「気づき」を見せるワトソンの手足と頭脳に絶大の信頼をおきつつ、「犯人は探偵の敵なのか」という言葉とともに、上に述べた共犯関係のテーマを再び明示して、双方が双方の知能に絶大をおいて展開される脱出劇の素晴らしさにはもう言うことなし。

さらには二つのコロシにおける首切りの動機に美しきロジックの対照を凝らして、過去の逸話から明かされる怪物の意外な正体と犯人の哀切極まる動機、さらにはキ印博士が口にした「狂気の中の正気」という意味深な言葉の真意のおぞましさ――それらすべてを真相開示の瞬間、イッキに読者の胸につきつける後半部はもう、涙なしには読めないのでは、というか、自分は号泣してしまった(爆)。

ちょっとアマゾンでレビューをチラ見したら、館の構造が難しすぎてよくわかンなかったわ! なんて声もあるものの――まあ、たしかに見取り図はゴチャゴチャしてますが、基本的には本館と別館があって、その間に跳ね橋と首塚がある、これだけ覚えておけば没問題。最後の脱出劇のシーンに鐘楼が出てくるのですが、別館の端っこの方、というふうにボンヤリ覚えておけば問題なしッ。館の構造にウンウンと頭を使うより、真ん中あたりに展開される探偵娘と犯人とのロジックの攻防や、一人だけ紛れ込んでいる「ある人物」の特殊な立ち位置と、その属性の曖昧さから繙かれていく犯行現場の奇妙な様態、さらにはそこに凝らされた伏線の妙など、読者が頭を使うべきはソッチの方。

異世界本格ふうに、事件の舞台そのものをビルドするのではなく、ゾンビや今回の怪物のようにほんちょっとした手直しをするだけで、ここまで精緻にして違和感のないロジックを構築することができるのか、と作者の手さばきには感心至極。『屍人荘』のド派手さに加えて、繊細なロジックをさらに突き進めた一冊ということで、個人的には現時点での作者の最高傑作といっていいのではないかと思います。超オススメ。

屍人荘の殺人 / 今村 昌弘

魔眼の匣の殺人 / 今村昌弘