フライ・バイ・ワイヤ / 石持 浅海

これは素晴らしい。『玩具店の英雄 座間味くんの推理』に『トラップ・ハウス』、『煽動者』と、『確かに次第点ではあるんだけど、何かこう、昔のやつに比べると物足りないんだよなー……』と近作の石持ミステリへの不満を払拭してみせた会心の一冊、といえるのではないでしょうか。

あらすじをバッサリとまとめると、エリート校にある日ロボットが転校してきてテンヤワンヤという話。もちろんここにいうテンヤワンヤにはしっかり人死にが入っているわけですが、エリートのガキで、さらには石持ワールドならではの、一般人の視点から見るとやや歪んで見える登場人物をはじめ、ロボットといってもタイトルにある『フライ・バイ・ワイヤ』という言葉に象徴される特殊な設定が十二分に活かされた道具立てがまず秀逸。

ロボットといっても、どうやらそれは病気のために登校することのできない少女によって遠隔操縦されているもの、――ということが物語の序盤からややくどいくらいに説明されていくのですが、何事にも疑念を抱かずにはいられないミステリ読みであれば当然、そうした”設定”の核心部分を疑ってみたくなるものでしょう。実際、そのロボットがどんなものなのかと、エリート君たちも色々と試してみたりするのですが、読者が抱くであろう、そうした疑念そのものを事件の構図に絡めてあるところが素晴らしい。

主人公のボーイが探偵めいた行動をみせるだけでなく、その友人たちもワイガヤで事件の推理を披露してみせるのですが、石持ミステリならではのロジックを活かしたフーダニット、ハウダニットの追求とはまったく違った視点から、真打ちの探偵が事件の構図を解き明かしてみせる後半の展開が面白く、この探偵は挙げ句に犯人はどうでもいい、みたいなことを嘯いてみせるのですが、実際、この異様な動機は、論より証拠、実証してみせるよりほかなく、探偵のこうした、――聡いがゆえの非情さがピタリとはまっているところも好印象。

ジャケ帯にある通りに、主人公のボーイと、ロボットである”彼女”とのラブ要素も盛り込まれているものの、エリート君たちの学校という設定ゆえか、エロジックどころか、生臭さを活かした石持ミステリならではのエロ味がナッシングというあたりは近作の傾向から十分に予想はできたものの、昔からのファンにはとってはやや残念、……とため息をつくほかありません。

汗や唾液、精液といった体液描写を交えて、ロジックの対極にある生身の人間のリアルを際立たせた描写は薄く、主人公のボーイの着替えシーンで、『体操服と、下着にしているTシャツを脱いで、パンツ一枚になった。タオルで身体の汗を拭いて、新しい乾いたTシャツを着る』と書き流しているのがせいぜいで、女型ロボットといえば、気になるのはやはりアソコの形はどうなっているのか、とか、聴覚視覚以上に犯人特定のための貴重なデータとなりえる触覚について、このロボットはどんな反応を示すのか、――等々、ロジックにかこつけてどうしてもエロいことをモヤモヤと考えてしまうエロミスマニアであれば当然に指摘するであろう部分については華麗にスルー。

とはいえ、近未来のエリート学生なのに、その会話の端々に、

「ああーっ。ひょっとして、二人きりでしっぽり話しているとか?」

といったフウに、微量ながら昭和テイストが感じられるところは好ましく、友人達を、かみー、みおみお、柴っちと今風に読んでいるところが逆に古くさく感じられるという逆説的な風格も、マニアであれば、石持ミステリならではの味として存分に楽しめるのではないでしょうか。またラスト一行の台詞についても、フツーの小説であれば叙情的な美しさをたたえたものである筈が、石持ワールドであるがゆえに妙に薄気味の悪いものに感じられてしまうところも微笑ましい。

フーダニット、ハウダニットといったミステリにおける直截的な趣向ではなく、探偵の言葉にもある通りに事件の構図と、それを構成する動機の不可解さに注力した作風は、フーダニットやハウダニットの見せ場として機能するロジックの流れに別の作用を持たせた点でも、石持ミステリの中では新機軸といえる物語に仕上がっているような気がします。ここ最近の石持ミステリにやや物足りなさを感じていたファンにこそ手にとっていただきたい一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。