第四回島田荘司推理小説賞レポート@台湾(6)

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『推理大師 島田荘司訪台講座』をテープ起こししたものの続きになります。

それから七、八十年という時間が経過して、アメリカにヴァン・ダインという作家が現れます。ヴァン・ダインは二千冊もミステリーも読んで、一番面白い、自分が一番読みたい小説、自分が一番面白い小説とはこういうものだという提案を行います。それらを今整理して語ると、野山を駆け巡るようなひどい舞台ではなく、怪しげな館とその敷地というふうに、舞台が狭くとられ、その中に怪しげな十人たちが大挙して暮らしており、彼らの情報は早い段階で開示され、そこで不思議な事件が起こる。怪しげな十人たちのプロファイルというものは早い段階で開示され、そして書き手は決して嘘をついてはならず、解決に必要な情報は非常に早い段階で隠さず開示される、そういうことを鉄則にしたわけです。そこに名探偵が外来――つまり外から依頼されてやってきて、すでに読者が心得ている材料だけを用いて、しかも意外な犯人を指摘する。そういった小説というふうに、まあ、位置づけられたわけです。

こういうふうに見ていくと、非常に大事なことがあります。それは本格ミステリーっていうのは日本語なんですが、探偵小説がスタートした理由でもあり、初期の頃、もっとも大事なものであった科学発想、科学への最大の信頼を置くという、科学信仰の発想、そういう軸が棄てられたんです。しかしこのヴァン・ダインの発想は大変正しくて、エラリー・クイーンたちは実は否定しているんですが、私たちの目から見れば、この提案を受け入れることで、『Yの悲劇』を書く――ミステリーの黄金時代というものが非常に速やかに受け入れられるわけです。しかしこの効率主義、この条件を守れば歩留まり高く傑作をものにすることが出来るという提案は同時に犯罪小説、ミステリーを書く上での材料を制限してしまうと言う側面も持っていたわけです。

同じ材料しか使ってはいけない、あるいは限られた材料を使うことしか許されないという創作形態だと、黄金時代を築いた先人たちの業績を後から続く人たちが乗り越えがたくなっていきますね。そこにハリウッドという映画産業、今はエンターテインメントの王者ですが、そういうものが台頭してきた。そういうことも重なって、アメリカ・イギリスにおいてあれほど盛んであったエンターテインメント小説の王者の地位にあったミステリー小説というものがみるみる衰退していくわけです。アメリカ・イギリスで衰退した本格のミステリーというものを引き継ぎ、よく延命させ、ある意味発展をさせえた民族というのは日本人だったわけですね。

限られた材料を使って歩留まり高く良い作品をつくり続けるというのは、日本型の職人芸の範疇にあったんだと思う。しかしその日本人たちもさすがに息が切れてきて、やはり似たもの、似たり寄ったりのものが現れるようになって、ジャンルの危機が言われるようになってきたわけです。どうすればいいんだろう、どうやればさらにジャンルを延命させ、盛り上げるということができるんだろう、というふうに私は考えました。

そのときに今申し上げたミステリーの歴史を辿っていけば、解答の可能性は明らかですね。科学への圧倒的な興味というものからジャンルがスタートしたんです。そして黄金時代が築かれる手前で、ヴァン・ダインが科学信仰というコードを棄てたんです。とすれば、ジャンルが衰退している今、この科学信仰というコードを拾って、作品の作り方に加えてみるという実験をしてみるべきでした。だって科学現象によってミステリー的現象、つまり神秘的な現象が――中心軸は幽霊などでしょうね――幽霊現象などへの興味からスタートしたポーの作品ですが、21世紀の科学の方がずっと進んでいるんです。指紋血液型っていうところには留まっていない。クローンの問題もあり、DNAの検査もあり、そして何より幽霊という現象に対してこれを解明する科学は、ほぼ結論を出しているんです。21世紀の科学、その知見、そういったものを拾って、創作上のコードの一つに加えるということを行えば、ホームズやポーの時代以上のミステリー小説が書ける可能性が考えられたわけです。

こういう把握から理屈で考えて、私が21世紀本格を提唱し、自分でも書き始めてみたわけです。日本でもこの提案はしましたが、日本は歴史が厚く、様々な才能たちが自分たちの創作技術をよく完成しているがために、理解はしても書いてくれるということは難しかったんです。しかし台湾の才能たちは歴史が浅いと言うこともあり、私のこの考え方をよく受け入れて、実験的な作品をたくさん書いてくれたんです。第一回の受賞作(『虚擬街頭漂流記』)も21世紀本格という範疇にあるのでしたし、今回も『H.A.』という21世紀本格型のメソッドを持つ優れた作品が現れてきました。このまま台湾の人たち、あるいは華文文化圏の人たちが努力を怠らずに前進をさせてくれるならば、21世紀本格のメッカはこの台北になるという時代も来ると思います。これは決して夢ではないと思っています(続く)。

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H.A. / 薛西斯