前回のエントリである「成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その5」の続きです。
島田: この幽霊の動画、たぶん思い出――から来ているものでしょうが、こういう動画や画像は脳のどこに収容されているのか。これは判りませんが……まだ突き止められてはいませんが、そこで思い出されるのは心霊体験の脳って、最近注目されている考え方がありますですね。脳の左側、側頭葉と頭頂葉の間にシルヴィウス溝という溝があります。この周辺にどうもそれが詰まっているんじゃないか、ということが言われるようになっています。
というのは、そのあたりに卒中がある人、あるいは側頭葉の癲癇がある人、この人はそういう発作を起こしたときに、そのときやその直後に様々なもの、ふしぎなものを見るという報告が最近多いわけです。たとえば宗教家。これが起こったときに天使の姿を見たとか、神の声を聞いたとか、神の音楽を聴いた、なんてことを言うようです。あるいはアメリカですが、80歳のおばあさんが卒中が起こったとき、娘時代に聴いたポップスが非常にリアルに頭で鳴りだした。これはもう歌詞も聴き取れるくらいに明瞭であった。しかしもう全然忘れていたし、歌詞も忘れていた。それがもう明瞭になりだした、なんてことも言います。
あるいはショスタコーヴィチという人は、独特の音楽が鳴り出して、それを自分の作曲に用いているということを言っています。ドストエフスキーもこういう病を持っていたと言われる。あるいはニュートンも持っていた。さらにはアレクサンダー大王も、シーザーも持っていた。こういう天才戦略家は、戦略上の天啓をこの病によって得ていた、ということが最近、だんだん言われるようになってきています。もしかするとこの溝の周辺に、こういう画像が収納されている場所があるのかもしれませんですね。まだ突き止められてはいませんが。
それからもう一つ面白いのは、そのシルヴィウス溝が行き止まったあたりから、少し上がったあたり。このあたりに脳腫瘍を持っている人がドッペルゲンガーを見るという報告がヨーロッパからあります。ドッペルゲンガーというのは自分の姿をはっきり見るということですね。あるひとはブランコに揺られていると、隣のブランコに自分自身が座ってぼんやり揺られているのがはっきり見えた、とか、ベッドから起き上がると朝、自分がソファの椅子にぼんやり座っているのが見えた。
もっと著名な人もいますが……あ、この二つの例は腫瘍がある人。以下は腫瘍が確かめられてはいないんですが……脳が調べられてはいないんですが、リンカーンも選挙活動で非常に疲れて椅子にどーんと座って顔を上げたら眼の前に鏡があった。自分が映っていたんだが、その方向に青ざめた顔をした自分が立っているのを見たということを伝記に書いていますですね。芥川龍之介という人は「歯車」という作品の中で、銀座の街を歩いていると、自分がふらふらしているのを何回か見た。あるいは自分の家の茶の間で座卓に座っている自分を見た。こういうのが自分の死のイメージになったということを言っています。
あるいは水上勉という人。晩年、老人性鬱病というものを患いますけれど、家の裏の竹藪が風に騒ぐ様子が非常に恐怖を伴って感じられ、夜中にふと目が開いた。で、ベッドから見ると、そばにおいた仕事机に自分が座っていて、インクを自分がすでに書いた原稿にぴしゃぴしゃとかけてさかんに汚している姿を見た、ということを言っています。これらの人の脳も調べられてはいませんが、なんらかの故障を起こしていた可能性はありますですね。
このような不思議な場所が脳にはあります。そして最近非常に強力な鬱病の治療の機械が出てきました。TMSというものですが、それは鬱病治療のために有効である、と言われています。そのために治療され、いや、設計され開発されたものですが、これは磁気を発生し、この磁気波を患部に照射をし、刺激をして血行をよくする。あるいは血行ではないのかも知れない……これは効果はあるんですけど、理由は分かっていないんですが、鬱病の治療に効果があるということが言われます。
少し鬱病のメカニズムについて説明をしますと、鬱病の理由は一つじゃないんで、こうだとは言えませんが、非常に多く言われているものの一つに、扁桃体の暴走と言うことがあります。扁桃体というのは脳の底部、中央付近にある丸い器官、球状の器官なんですが、ここは毒蜘蛛と蛇、刃物だけ――猛獣、こういったようなものに不安感や恐怖感をわき上がらせて、これらからの回避行動を取らせるという、人間の生存には極めて不可欠な器官なんですけれど、この扁桃体が発火を暴走をしていると、不安感や恐怖感だけが果てしなく増大をしていく。
例えば朝目が覚めると涙がぽろぽろ出る。あるいはベッドから体を動かすことができない。あるいは食事が喉を通らない。そういう人にどうしてですか、なんでそんなふうに不安なんですか、と聴いても答えられない。理由なんかないわけです。ただただ恐怖感がやってくる。これはなぜなのかということですね。健康な人にはなぜそれが起こらないのか。それは脳の前頭葉、背外側前頭前野という場所にDLPFCという部位があります。
ここは人間のやる気や判断力、決断力にかかわる重要な場所ですが、このDLPFCという場所はこの扁桃体の稼働、発火、活動ですね――一定量に留めておくという役割を担っているということが判ってきたわけです。つまり扁桃体の暴走は、DLPFCが仕事をしないから起こっている、そういうことが判ってきたわけですね。そうしますとDLPFCに仕事をさせれば、扁桃体の暴走は一定量におさまるから鬱病は恢復していくという理屈になるわけです。
ではどうやってDNPFCを活動させるか。それはおそらく血行をよくすることである。脳というのはよく活動しているとき血行を増してていることは、ホログラフィーの検査方法によって言われるようになってきています。で、どうやって血行をよくするのか。マッサージをするのがいいかもしれません。体だったら指圧とか、マッサージ、揉んだりするということが有効だったりしますですね。あるいは運動させる。しかし脳というのは、たんぱく質ではなく脂肪でできているんです。なぜ脂肪でできているというと、脂肪は絶縁体だからなんですね。脳というのはすなわち配電盤、サーキットであって、微弱電流が飛び交っているそういう場所である、と思われる。
ポアロは灰色の脳細胞っていうことを言われますが、実際に灰色をしておりまして、堅さは冷蔵庫で固めたバターみたい、そういうところを指で押しても戻らないというようなことがありますから、マッサージはできない。それから頭蓋骨という、人間の体のうちでもっとも強固な骨によって守られていますから、手が届かない。そこで磁波、磁気の波ですね。電流とは違います。磁気の波をあてて、たんたんたんっと叩いてやる。そういうことを毎日続けると、だんだんに血行が戻ってくる。まあ、血行ではないのかもしれない。私の親しい精神科医は電気じゃないか、という推測を述べていました。
ただこれは判らないんですが、私の理解では、血行を戻しているんではないかと推測しているんですけれど、ともかくこのようにして血行を戻し、そうしてアメリカでは七割くらいが効果をあげたと言われています。ということは三割効かないということなんですが、これもまあ、そう簡単ではなく、いま申し上げたようなことを薬を用いて起こそうとすると時間が長かったわけです。十年に十年薬を飲み続けている、こういう人はぐっと脳が変化していて、なかなかTMSの磁気波も効果を上げないと言うことが考えられる(「成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その7」に続く)。
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その1
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その2
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その3
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その4
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その5
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その6
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その7
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その8
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その9
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その10
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その11