成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その10

前回のエントリである「成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その9」の続きです。

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太田: ありがとうございます。それは是非とも期待したいところです。また、いまのお話、実は私はかなり意外だったんですね。というのも、島田先生は詩も書かれますし、さらにはその散文にも非常に詩的な情緒というか……ポエジーというべきものがあると思います。で、これは偉そうな言い方に聞こえてしまったら非常に申し訳ないんですけれども、私にはそれがとても堂に入ったものに見えるわけです。もちろん一般的には「小説家・島田荘司」ということで認知されているわけですけれども、詩も素晴らしいじゃないかという。私はそれを、まさにポーの翻訳された詩などを読まれて……ポーはそれこそ日夏耿之介のような人が独特の雅語で訳しているわけですが、そのあたりに影響を受けられたのだと思っていたので、これが影響なしで成し遂げられたものだというのをお聞きして、大変感銘を受けております。

で、そうしますと……これもお答えは判っているようなものですけれども、もう少しだけポー関連でお訊きしたいと思います。島田先生の作品では、詐欺というのもわりとよく出てくると思うんです。ひとつを挙げれば『帝都衛星軌道』という作品の「ジャングルの虫たち」というセクション、そこは都会の下層で蠢く……なんていうのかな、卑小な人間たちを描いた、まあそういうセクションになっているわけですけど、その中でちょっとした釣り銭を誤魔化す、五千円ほど誤魔化す詐欺の話が語られています。で、これはちょっとネタバレに抵触すると思いますので、作品名は伏せますけれども、それと同じ詐欺が、近年のとある作品でもかなり大きくフィーチャーされています。ということは、これは島田先生にとってかなりお気に入りの詐欺ではないかと思うんですね。

そのうえで考えてみますと、確かにその釣り銭詐欺は見事なものです。これも作品名は伏せますが、別作品での偽札作成に想を得たトリックとも甲乙つけがたい……というのは言いすぎかもしれませんが、非常によくできた、確かにこれなら誰でも五千円誤魔化されるよ、というような、出来のいいマジックのような詐欺なわけです。しかし他方でそれは、どうしようもなく駄目な人間がどうしようもなくなった結果、手を染めてしまう、卑小にして哀しい犯罪でもあるわけですね。実に見事に構築された華麗なトリックであると同時に、弱く、小さな人間がどうしようもなく手を染めるせこい犯罪。そういう二面性がこの詐欺にはあるので、島田先生はそこに反応されたのではないかという気もします。

なぜこんなお話をしたかというと、実はポーにも詐欺に関するエッセイというか、短編というか、そういうものがあるんですね。ポーには”Diddling Considered as One of the Exact Sciences,”「厳密科学の一として考察したる詐欺」という短編がありまして、内容的にはまさに島田先生が時おり書かれるような見事な詐欺を羅列していく作品になっています。確かこれ、乱歩がどっかで言ってたんじゃなかったかな……あの、詳しい方、いましたら、もしかすると「ペテン師と空気男」とか、あのへんで言及していたような気がしないでもないんですけど。いずれにせよ、ポーも島田先生と同じように、そうした意味での詐欺に注目していた。しかもポーは、これは半分皮肉だろうとは思うんですけれども、まさにそのような詐欺こそが”Exact Sciences,” 「厳密科学」であると、そう考えていたわけです。そうすると、ポーにとっての科学というのは……確かに一方にはモルグ街の警察の捜査のような解析的で綜合的な科学があるけれども、むしろその眼をかいくぐるような、どうしようもなく卑小でせこい人間が手を染める、しかし見事に構築された緻密で眩惑的な詐欺のようなものをこそ、ポーは科学と考えていたのではないかと思うのですが、そのへん、いかがでしょうか。

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島田: いや、大変面白いお話でした。勉強になりましたです。おっしゃる通りでしょうね。当時の科学っていうのは、実証と言うよりは論理学に近いようなかたちだったのかな、ということを考えることがあります。それともうひとつ。ポーに関しては、私はあまり研究していなかったんです。ですから今でも他の作家たちに較べてポーが極めて重要であり、好きな人間である反面、ちょっとこう……未成別にしておきたいと思うようなところがあって、「大鴉」のイメージのようなものですね。それから女性に対してのあの不思議な感覚。それから彼の天敵のような、その……編集者の捏造の影響も受けていたのかも知れない。もしかするとそうであって、ポーって言うのは、まことに人好きがある人間であり、友人とは普通にジョークを言って話す、ごく普通の人間だったっていう説もあります。これ、よく判らないですが、まあとにかくそのへんをそっとしてたところがある。それからそういう彼に関しての研究というのをやってないです。

さすがに太田先生、ポーの専門家だなあと思ってやはり興味深いなと思います。だた、本当にまあこんなこと言ったらおこがましいけど、似てるんだなあと思いました。私、真似したわけじゃないんです。詐欺師がとにかく大好きで、デビュー前にいろんな手口を吸収しました。テレビで詐欺師の番組があったら当時はビデオないんですね。ですからもう必死でテレビの画面の前でメモをしたりしました。それからその関連の本を古本屋で当たって詐欺師の手口を収集してメモをして、というようなことで短編を書いたりしました。

であれら……その作品面を伏せていただきましたが、あの作品も実はちょっと面白くてデビュー前、『占星術殺人事件』を書くより少し前に書いたもので……そしてそれ以降十年以上、ほとんど二十年近く、十何年かな、眠っていたんです。そしてデビュー作の『占星術殺人事件』はその詐欺師の手口。だから本当に好きでしたね。その『恋とペテンと青空と』っていうのも詐欺師です。その詐欺師の話です。その手口があったので、面白がって見たんだろうと思う。ジョージ・C・スコットという役者がやっていましたが、その役者が本当に大好きになったりしましたですね。しかし詩を書いて、詐欺師が好きで、科学が好きで、論理学が好きで、ああ、そのおこがましいけど似てる人がいたもんだなあと思います。うーん……ですから私も天敵のような編集者がいたら後世には凄く誤解されているかもしれませんですね。

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佐藤: 偶然の一致っていうのは、先生のお話をうかがっててもあるみたいですけど、幻肢というのも脳科学の話であって、その脳のどこかを刺激すると、イメージが現れるということですけど、僕……そのポーの時代にもやっぱり脳科学というのがですね、これは私のことではなくてポーを研究されている巽孝之先生という方が『E・A・ポウを読む』という本に書いてあるんですが、昔あのフランツ・ジョセフ・ガルという人が、すでに脳のどこを刺激すると体のどこかが反応するんだということが囁かれていて、そこから人間の顔かたちがこうであるとこういう性質になるっていう――疑似科学ですね。今日ではもう正統な科学ではないんですけど、骨相学というようなものも出てきて……まあそういう、疑わしいけど世の中を騒がせるような、疑似科学というものにポーも非常に関心を持っていて、実際にその脳の一部が××すると(以下、聞き取れず。スミマセン)……やはり先生のですね、その脳科学ということでミステリーを書いて、そのポーを意識していたら、実はポーも脳に関する科学に興味を持っていたなんていうのを見ると、私もずいぶん偶然の一致としては非常に面白いなと思いました。


太田:
いや、本当にそうなんです。似ているんですよね。私は本当に意識してなぞっておられるのかと考えていたんですが、実は偶然の一致というか、ある意味で島田先生は生まれながらにしてポーであったという、これがいま立証されたわけでして……なんていうのかな、感涙にむせびたい気持ちです。

さきほどの詐欺への注目のお話とも関連しますが、これはもう本当に個人的な感想でしかないんですけれども、島田先生の作品にはいわゆるバズラーと呼ばれるくくりに収まりきらない部分が非常に多くあると思っています。そのあたりにこそ我々は惹かれたりもするわけですけど、それはポーに関しても同じだったと思うんですね。ポーの作品からは、俺がやるのは詐欺だ、バズラーとかぬるいこといってんじゃねえよ、俺は詐欺師の手練手管で読者のお前たちを欺してやりますよという、まあそういう意気込みをちょっとこう、感じることができるような気がしていまして、それと同じようなニュアンスを、島田先生の作品にも感じられるような気がするんです。もし今日お集まりの方で島田先生の全作品をまだ読まれていないという方がおられましたら、是非とも三省堂書店なり会場外のコーナーなりでお買い求めいただきたいと思います。

で……ちょっと科学の話が出ましたので、タイムリミットも近いですが、最後に最新科学と幻肢をめぐる話にシフトさせていただきたいと思います。先ほどの講演にもありましたように、島田先生は21世紀本格という概念を提唱しておられます。これはなかなか難しくて……オーネット・コールマンという人がハーモロディクスという理論を提唱していて、なんとなくそれに似た難解さがあるような気もしますが。いずれにせよ、先ほどのお話にもありましたように、ポーは19世紀の最新科学の知見に基づいてミステリをつくりあげたと。しかし科学は当時からすると大きな変貌を遂げている。とすれば21世紀の科学の水準が要求する本格ミステリというのは、ポーの時代とは違っているはずだ。そこで21世紀本格だ、ということだと思います。

さて、先ほどのお話にもありましたように、最新作である『幻肢』という作品もまた、とりあえずその関連で位置づけることができるように思います。実際、作中でラマチャンドランという脳科学者の研究が引用されますけど、まさしく現時点での最新科学の知見に基づいた作品となっているわけです。ただ、これもまた一人の読者として申し上げますと、『幻肢』を拝読させていただいて、例えばかつての『眩暈』のような作品とは、かなりテイストが違うような気がしたんです。ないしは作品のベクトルがもしかするとちょっと違うのかな、という気がいたしました。『眩暈』という作品を読んだときには、まさしくこのなんていうか……眩暈を起こすような作品でして、先鋭的で野心的で実験的な……まあそのような印象を受けたんですね。

一方、今回の『幻肢』に関しては、むしろクラシカルでロマンティックな、非常に洗練されたミステリという印象を受けました。それこそヒッチコックの映画を思わせるようなところがあると思います。実際、藤井監督が見事な映画を、ケレン味を排して非常にきちっと撮られた職人的な映画をつくってくださったわけで、私は大変よくできた映画だと思うんですが、それとはまた別に、たとえばペドロ・アルモドバル監督、 “All About My Mother”で知られるアルモドバル監督がバルセロナかなんかを舞台にして『幻肢』を映画化したら、すごくお洒落で情感あふれる映画になるんじゃないか、とまあそういう印象を受けたんです。つまり『幻肢』はどちらかというと、クラシカルでロマンティックな、非常にソフィスティケートされた作品だという印象を受けました。これは理想的な反応でしょうか、あるいはこれもまた21世紀本格の新たな一面というふうに理解してよろしいのでしょうか。

SONY DSC-RX1, ISO3200, f4 ,SS1/80
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島田: なるほど、と思いました。いまお話をうかがっていて思いだしていたんですが、やはり『眩暈』のころは、私は本格のミステリーというもの、本格というものを考えていたときに、自然主義という言葉への対語として、驚きを誘導する人工的な装置であるというふうな位置づけが良いんではないか、というふうに考えていました。表現する文章としては、乱歩さん、それから横溝さん、それから高木彬光さんですね、それから清張さん。こういうことの比較から本格の文章は稚拙である、あるいは稚拙気味の方が良い、みたいな誤った考え方が出てきましたが、十分達意な文章で良いんである、これも入れても良いんである――というような、骨組みに関しては人工性があっていい、というか、ないと驚きを誘導することはできないだろうなといふうに考えていました。

『眩暈』のときというのは、ですからこの驚きを誘導しようというかたちで、もう思い切りやっているというところがあります。まあ、なんの軛もなく、自分のそういう人を驚かせる趣味みたいなものを開放しているというところがあったんだろうというふうに思います。『幻肢』に関してはですね,先ほどお話しをしましたとおり、映画人と会話をしながらつくったんです。まあ、もちろん私が一方的に話しましたが、やはり彼らの意見が入っていると思います。それから映画と言うことは、彼らの無言の内の主張として、やはり映画は商売ですのでね。こけることができないということがあります。これはかけたお金との相関関係なんですね。例えば一千数百万かかったら四千万も興行成績を上げればヒットである。しかし二十億もかけたら四十億でもヒットとはいえない、というようなことがあります。そういうところにもってきて、恋愛でないと見てくれないみたいな思い込みがやはりあるんですね。これはやはり一面、正しいところがある。

ですから私は映画をやろうって言うときに、これをやってみたかったという思いは前からありましたし、それから未知の領域ですんでね、あんまり思い切ったことも言えない。で、彼らの言い分を妥協的に聞きながら、自分の想像心というものとの兼ね合いを探りながらつくっていった物語に結果としてなっているんだと思う。ですからソフィスティケートっておっしゃいましたけれど、やはり恋愛小説の範疇にあってそれほど思い切ったはじけたストーリーにはなっていないんだろうなと思う。恋愛小説のファンの人たちにも、安心して見ていただけるものにする方がいいんだろうなという、無言の内の自制が働いていたような気がいたしますですね。ですからこれが21世紀ミステリの必要な側面であるというふうには考えませんです。まあ、そんなようなかんじでしたね(「成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その11」に続く)。

[追記: 2015/04/30] 太田先生の発言部分を校正いただいた内容に差し替えました。

  1. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その1
  2. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その2
  3. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その3
  4. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その4
  5. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その5
  6. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その6
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  8. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その8
  9. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その9
  10. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その10
  11. 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その11