昨日、成城大学で開催された御大監修「成城と本格推理小説」の第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』を聴講することができたので、速報というかたちでレポートしたいと思います。今回は事前に運営スタッフであるS女史から撮影許可をもらっていたので堂々と写真撮影を行うことができた次第、――と前振りはこのくらいにして、御大の講演内容をざーっとテープ起こししたのでご覧下さい(なお、この内容については後日校正をくわえる予定です)。
島田: 皆さんこんにちは。島田荘司です。今日はようこそいらしていただきました――こんなに大勢、またお招きいただいてありがとうございました。今年は成城大学創立百周年だそうで、おめでとうございます。私はこの小田急線沿線の和泉多摩川というところにデビュー前に住んでおりましたので、成城学園にはよく来ていましたし、成城大学の学園祭も来てぶらついたことがあります。ですから私としても嬉しく思います。
今日は――お題をいただきまして、私と成城学園というテーマ、それから私がお話しした方がいいんじゃないかなと思っておりますところの、本格ミステリの歴史ですね。ポーから始まり、そして私はこれに繋げるつもりで『幻肢』という、小説を書きました。幽霊現象と最新科学を用いたそれの解体といったようなコンセプトの小説ですね。これをなぜ私が今年書こうと思ったか、また書かなければいけなかったかについてもお話をしたい。
しかしこれ、両方ともテーマでお話しすると一時間近くかかってしまうことになってしまいますので、私と成城学園ということに関しては、後で座談会でテーマが出てくるようでしたらお話をしたい、と思っております。最初にはね、五分程度少し短くお話をしてみたいと思いますが、成城学園というのは先ほどもお話しました通り、やってきて、よくぶらついた町です。ですから思い出がたくさんあります。話し出したらきりがないくらいありますが、成城学園に関しては忘れられないことがあります。
成城学園駅を下りて、駅前を散策している限りは、それと意識できないんですけど、西の側に斜面がありますですね。そしてこれを下ったところに野川が流れていて、そのあたりも住宅地区になっています。私は和泉多摩川にいたものですから、丘の下の野川の周辺を歩くことがよくありました。今はもちろんそんなことはまったくありませんが、二十年も三十年も前は、なんとなくこちらは低所得者層の領域であり、丘の上は彼らにとってみれば、高所得者層の、丘の上の裕福な町、そういうような印象があったわけですね。
えー、こういう町の構造を理解した事が、後に私、都市論に凝るんですけれど、こういうことの引き金になったかなと思うことがあってよく思い出します。たとえば、黒澤明という監督の傑作ミステリー映画がありますですね。『天国と地獄』といいますが、これは浅間町の丘の上に、靴屋の大社長の邸宅が聳えていて、そこから子供が誘拐されるんですけれども、その誘拐事件を聞き込んで、ある刑事たちは足を止めてはその丘の上を眺める。するとその邸宅が聳えている。一方丘の下には浅間町とか黄金町とか、戦後間もない頃はね、麻薬汚染された貧民街が広がっている。そういうような構図がありましたです。
成城学園のはもちろんそんなことはないんですよ。今はもう、そんな格差はありませんが、やはりそういうちょっと連想させるようなところがあった。で、丘の下の町のささやかなマイホームも手放さなくてはいけなくなった主婦が、出来心でちょっとした犯罪を画策し、丘を一気に駆け上がって丘の上に行ってやろうという夢を見る、――というようなお話を書いたことがあります。しかし、これがうまくいかず、その坂道をのぼっていくところに喜多見不動尊というところがあるんですが、これが西洋で言うところの、煉獄という場所に位置しているようにも思われて、この非常に明確な構造がね、意味深であるように感じられました。で、主婦はそこで最後の事件を起こして、押し戻されるようにしてまた丘の下に帰ってくる。
こういう構造だったわけですが、――都市というものが、例えばチャンディガール、インドの近代都市ですね、それからブラジリア、ブラジルの首都です。これらは人工的に設計されて都市として発達していきますが、だいたいにおいて低所得者層と高所得者層を分けて、配置をすることで設計がスタートしていきます。で、この両者を分けているのは、だいたい丘だったり川だったり崖だったりね、そのような地理的な条件だったりするわけですね。こういう冷酷な構造がまあ、あるわけですが、不思議に成城学園にもそういうようなところがあったんです。
で、そのことにだんだん気づくようになりまして、このことが私の都市論への入口になったかなと思うことがあります。もちろん実際にそういうことは無いんですよ。今はまったく取得格差なんかはないと思いますが、しかしここでね、思いだしてみますに、崖の下から、丘の下から上を見上げるという視線があったから、あの丘の上という観点ですが、『網走発遙かなり』という連作もののひとつなんですが、こういうストーリーがやってきたんだろうと思う。丘の上からね、眺めるだけだったらああいう物語はやってこなかったなということに気づいて、このことは何か重要な気づきであるように思われて、今も忘れられないわけです。成城学園というのは、そういうことを教えられた思い出がある町ですね。
まあ、ということで、ポーのお話をいたします。えー、先ほども申しましたが、ポというものからスタートし、私はこのエッセンスを知ることによって、二十一世紀の幽霊物語を、『幻肢』を書こうと思ったわけですが、なぜそういうことを考えたのか、またなぜそうしなければいけなかったのかについてお話してみたいと思います。
ポーの『モルグ街の殺人事件』というものがどういう小説であったかについてお話しをしますと、これは1841年に書かれた東海岸、アメリカの東海岸で書かれたものですが、パリのモルグ街に石造りの建物があり、その室内のなか、その室内はドアがロックされ、窓が釘付けされているように見えた――そういう密室ですね、その中で女性が体中を傷つけられて惨殺死体になって、マントルピースの上の煙突に逆さに押し込められて発見される。人間業とは思えないようなひどい殺され方をするわけですね。
それまでの小説の言動だと、これは、この女性に怨念を抱く悪霊というものがドアや壁を通り抜けてやってきて、彼女を殺し、またドアを通り抜けて出て行ったという話、幽霊物語にするのが普通だったわけです。でも、ポーはそういう小説にはしませんでした。当時の警察官に、床の上から微物を発見させる。不思議な毛ですね、これを発見させる。そしてこれを当時の最新科学であるところの、虫眼鏡とか顕微鏡で観察をして、この毛の由来を考えていく。そして何より大事なことは、こういう情報を、推理論理の情報をですね、こういうものを特権意識を持たず、一般の民衆に――この場合は読者ですね――こういった人たちに平等に開示をしたということがありました。これがとても重要なことなんですね(「成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座「成城と本格推理小説」第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その2」に続く)。
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その1
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その2
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その3
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その4
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その5
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その6
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その7
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その8
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その9
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その10
- 第一回『ポーの伝統―最新科学と本格推理』@成城大学 その11